金光教札幌南教会 取次者のブログ
信心は これ!
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平成22年2月10日(水) くもり
「葉隠」の続きです。
勝茂公(初代藩主)はかねがね、奉公人には四つの型があるとおっしゃっていた。「急 だらり」「だらり急」「急々」「だらりだらり」である。
「急急」は、用事を言いつけたとき、よく請け合って、すばやく処理する者のことだ。これは最もよい奉公人だが、めったにいるものではない。わが藩では福地吉左右衛門などが該当するだろう。
「だらり急」は、飲み込みは遅いものの、事をすばやくすませる、手際よい者のことだ。中野数馬などがそれである。
「急だらり」は、飲み込みは早いが、事を処理する段になると手間がかかり、長引く。これはかなり多い型だ。
そのほかの者はみな「だらりだらり」に属する。(聞書第四・五〇)
◯
わたしは神様に奉公する者ですが、きっと「だらりだらり」に違いありません。
飲み込みが悪くて、事を処理する段になっても手間がかかる、という類です。
そういう自分だから、「今月今日」=今 ここ すぐ を心がけていきたいということになります。
◯
わたしの「今月今日」は、まずは手紙・メールです。手紙が来たらすぐに返事を出す。メールが来たら、これもすぐに返事を書くです。
そのことを心がけてきて、いくつかのことを感じるようになりました。
あるいは、いくつかの課題が浮かんできました。
*
すぐに返事を書くようにして、とても心が軽くなりました。
「返事を出さないといけない」と思っていると、心が重くなります。出さないといけないと思いながら、2日3日と日が経つと、ますます心が重くなります。
「今月今日」を心がけて、それがなくなりました。
それに、分かったこともあります。
「あとでいい返事を書こう」と思っても、その「あと」は永久に来ないということです。
「いい」返事を書かなくていい、と思うようになりました。拙速主義でいくことにしました。拙くても速く、です。
「あかん」と思ったら、第2伸を書けばいいのですから。
*
手紙・メールは、言い換えればわたしへの呼びかけであります。手紙・メールでなくても、日頃顔をあわせている人も、わたしに語りかけていることがあります。それは大概、言葉になって伝わってきません。ほとんどの人はあからさまにものを言うということは、されません。わたしも、しません。
ですから、その呼びかけに気づいて、今月今日(今 ここ すぐ)、神様に祈ったり、言葉に表したり、行動に現したりが大切。
そう思うようになりました。
*
呼びかけは、回りの人がして下さるだけではありません。
物・事を通して神様が呼びかけて下さっています。
わたしは黒衣を着ています。それを脱いだら、ハンガーに掛けます。一々掛けます。
黒衣が呼びかけている、と思うからです。
そういうふうに考えると、物・事の呼びかけに応えていないことがいかに多いか分かります。
申し訳ないです。
*
天地書附に「今月今日でたのめい」とあります。
この「今月今日でたのむ」とは、「今・ここ・すぐ に、祈る・聞く・話す・行動する」ことによって、神様に願いをもっていくことだと思うようになりました。

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「葉隠」の続きです。
勝茂公(初代藩主)はかねがね、奉公人には四つの型があるとおっしゃっていた。「
「急急」は、用事を言いつけたとき、よく請け合って、すばやく処理する者のことだ。これは最もよい奉公人だが、めったにいるものではない。わが藩では福地吉左右衛門などが該当するだろう。
「だらり急」は、飲み込みは遅いものの、事をすばやくすませる、手際よい者のことだ。中野数馬などがそれである。
「急だらり」は、飲み込みは早いが、事を処理する段になると手間がかかり、長引く。これはかなり多い型だ。
そのほかの者はみな「だらりだらり」に属する。(聞書第四・五〇)
◯
わたしは神様に奉公する者ですが、きっと「だらりだらり」に違いありません。
飲み込みが悪くて、事を処理する段になっても手間がかかる、という類です。
そういう自分だから、「今月今日」=今 ここ すぐ を心がけていきたいということになります。
◯
わたしの「今月今日」は、まずは手紙・メールです。手紙が来たらすぐに返事を出す。メールが来たら、これもすぐに返事を書くです。
そのことを心がけてきて、いくつかのことを感じるようになりました。
あるいは、いくつかの課題が浮かんできました。
*
すぐに返事を書くようにして、とても心が軽くなりました。
「返事を出さないといけない」と思っていると、心が重くなります。出さないといけないと思いながら、2日3日と日が経つと、ますます心が重くなります。
「今月今日」を心がけて、それがなくなりました。
それに、分かったこともあります。
「あとでいい返事を書こう」と思っても、その「あと」は永久に来ないということです。
「いい」返事を書かなくていい、と思うようになりました。拙速主義でいくことにしました。拙くても速く、です。
「あかん」と思ったら、第2伸を書けばいいのですから。
*
手紙・メールは、言い換えればわたしへの呼びかけであります。手紙・メールでなくても、日頃顔をあわせている人も、わたしに語りかけていることがあります。それは大概、言葉になって伝わってきません。ほとんどの人はあからさまにものを言うということは、されません。わたしも、しません。
ですから、その呼びかけに気づいて、今月今日(今 ここ すぐ)、神様に祈ったり、言葉に表したり、行動に現したりが大切。
そう思うようになりました。
*
呼びかけは、回りの人がして下さるだけではありません。
物・事を通して神様が呼びかけて下さっています。
わたしは黒衣を着ています。それを脱いだら、ハンガーに掛けます。一々掛けます。
黒衣が呼びかけている、と思うからです。
そういうふうに考えると、物・事の呼びかけに応えていないことがいかに多いか分かります。
申し訳ないです。
*
天地書附に「今月今日でたのめい」とあります。
この「今月今日でたのむ」とは、「今・ここ・すぐ に、祈る・聞く・話す・行動する」ことによって、神様に願いをもっていくことだと思うようになりました。

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平成22年2月8日(月) くもり
4日、恵庭教会へはJRで行きました。札幌駅で少し時間があったので、改札口近くの本屋さんに行きました。
入り口近くに平積みしてある本の中で、「ヘタな人生論より葉隠」(本田有明、河出文庫)が目にとまりました。NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ていて、武士の生き方が気になっていたからかも知れません。
この本は、著者が「葉隠」の大切と思うところを現代語訳で抜き出して、自分の所感を述べるというスタイルで書かれています。
ですから、読みやすいです。
◯
最初の方に、「自分自身のよりどころとなる誓いを立てる」ことの大切が説かれています。
「葉隠」では、そのよりどころ次のように言っているとあります。
一、武士道において決して人に後れをとらないこと。
一、主君のお役に立つこと。
一、親に孝行すること。
一、大きな慈悲心をもって人のためになること。
わたしは、これを次のように読み替えたいと思いました。この本全体について言えることですが、この本にある「武士道」「武士」を「信心」「信心する者」に置き換えて読むと、とても示唆的です。
一、信心において決して人に後れをとらないこと。
一、神様・金光様のお役に立つこと。
一、親・先祖に孝行すること。
一、和賀心をもって人の助かるお役に立つこと。
◯
「ウェルカム・トラブル」と唱えてみるという話もあります。
「ウェルカム・トラブル」は、淀川長治氏のことばとして紹介されています。
私の座右の銘はウェルカムトラブルです。トラブル歓迎、いらっしゃい。そう思っていると、実際にトラブルが起こっても元気が出てくるんですよ。
そして、「葉隠」では次のように書かれてあるそうです。
「水増せば船高し」という言葉がある。困難な状況になってこそ人の能力は向上するという意味だ。力のある者や一芸に秀でた者は、むずかしい場面に遭遇するほど、さらに気分を高め発憤するものだ。それを迷惑がる者とは大きな違いである。(聞書第二・四一)
「難はみかげ」そのものです。
◯
この本を読んで思ったことは、「龍馬は武士の世の中を変えようとしたが、武士としての生き方はつらぬいた」ということです。

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4日、恵庭教会へはJRで行きました。札幌駅で少し時間があったので、改札口近くの本屋さんに行きました。
入り口近くに平積みしてある本の中で、「ヘタな人生論より葉隠」(本田有明、河出文庫)が目にとまりました。NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ていて、武士の生き方が気になっていたからかも知れません。
この本は、著者が「葉隠」の大切と思うところを現代語訳で抜き出して、自分の所感を述べるというスタイルで書かれています。
ですから、読みやすいです。
◯
最初の方に、「自分自身のよりどころとなる誓いを立てる」ことの大切が説かれています。
「葉隠」では、そのよりどころ次のように言っているとあります。
一、武士道において決して人に後れをとらないこと。
一、主君のお役に立つこと。
一、親に孝行すること。
一、大きな慈悲心をもって人のためになること。
わたしは、これを次のように読み替えたいと思いました。この本全体について言えることですが、この本にある「武士道」「武士」を「信心」「信心する者」に置き換えて読むと、とても示唆的です。
一、信心において決して人に後れをとらないこと。
一、神様・金光様のお役に立つこと。
一、親・先祖に孝行すること。
一、和賀心をもって人の助かるお役に立つこと。
◯
「ウェルカム・トラブル」と唱えてみるという話もあります。
「ウェルカム・トラブル」は、淀川長治氏のことばとして紹介されています。
私の座右の銘はウェルカムトラブルです。トラブル歓迎、いらっしゃい。そう思っていると、実際にトラブルが起こっても元気が出てくるんですよ。
そして、「葉隠」では次のように書かれてあるそうです。
「水増せば船高し」という言葉がある。困難な状況になってこそ人の能力は向上するという意味だ。力のある者や一芸に秀でた者は、むずかしい場面に遭遇するほど、さらに気分を高め発憤するものだ。それを迷惑がる者とは大きな違いである。(聞書第二・四一)
「難はみかげ」そのものです。
◯
この本を読んで思ったことは、「龍馬は武士の世の中を変えようとしたが、武士としての生き方はつらぬいた」ということです。

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平成22年2月6日(土) くもり
家内に往復はがきの返信が届きました。これを持っていくと、16日にキタラ(札幌コンサートホール)で開催される札響の演奏会を聞くことができます。2名様までOKです。
家内よ。
よく当ててくれた。
・・と言いたいです。
札幌に札響があること、キタラがあること、そしてそのキタラが歩いて5分ほどのところにあること。
UTAです。
さて、問題があります。
このハガキを持っていくと、当日会場で座席の抽選があります。どこに座ることになるかわかりません。
通路に遠い真ん中の席だと、ちょっと躊躇するものがあります。拘束された状態(演奏中に気分がいけなくなって、ちょっとごめんなさい、と席を外すことができにくいです)が苦手なのです。
でも、それを乗り越えるために、神様に御祈念しながら、ウォーキングをしたり、その他いろんな工夫をしているのですから、きっとおかげを頂くと思っております。

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家内に往復はがきの返信が届きました。これを持っていくと、16日にキタラ(札幌コンサートホール)で開催される札響の演奏会を聞くことができます。2名様までOKです。
家内よ。
よく当ててくれた。
・・と言いたいです。
札幌に札響があること、キタラがあること、そしてそのキタラが歩いて5分ほどのところにあること。
UTAです。
さて、問題があります。
このハガキを持っていくと、当日会場で座席の抽選があります。どこに座ることになるかわかりません。
通路に遠い真ん中の席だと、ちょっと躊躇するものがあります。拘束された状態(演奏中に気分がいけなくなって、ちょっとごめんなさい、と席を外すことができにくいです)が苦手なのです。
でも、それを乗り越えるために、神様に御祈念しながら、ウォーキングをしたり、その他いろんな工夫をしているのですから、きっとおかげを頂くと思っております。

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平成22年2月5日(金) くもり
今日頂いている御理解です。
教典の御理解を、毎日一つずつ、順番に頂いています。
「家内そろうて」とおっしゃいます。
そこできょうは、食事を頂く時、家内と一緒に食前訓を唱えることにしました。
◯
御理解は、いのちで(に)頂く。
御理解は、心で(に)頂く。
御理解は、体で(に)頂く。
御理解は、今月今日頂く。
やっぱりこれだと思います。
「今月今日」というのは、「御理解を頂くのは今だ!」ということです。そのうち、明日から、などということはありえません。「今 ここ すぐ」です。
御理解を実践できるように頂き直して、そして取り組んでみようと思っております。
明日は明日で頂く御理解が違いますから、明日は明日の楽しみがあります。

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信心するならば、家内そろうて信心せよ。
金光教教典
金光大神御理解集第Ⅰ類 津川治雄 2
金光大神御理解集第Ⅰ類 津川治雄 2
今日頂いている御理解です。
教典の御理解を、毎日一つずつ、順番に頂いています。
「家内そろうて」とおっしゃいます。
そこできょうは、食事を頂く時、家内と一緒に食前訓を唱えることにしました。
◯
御理解は、いのちで(に)頂く。
御理解は、心で(に)頂く。
御理解は、体で(に)頂く。
御理解は、今月今日頂く。
やっぱりこれだと思います。
「今月今日」というのは、「御理解を頂くのは今だ!」ということです。そのうち、明日から、などということはありえません。「今 ここ すぐ」です。
御理解を実践できるように頂き直して、そして取り組んでみようと思っております。
明日は明日で頂く御理解が違いますから、明日は明日の楽しみがあります。

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平成22年2月4日(木) 晴れ
今年は初代教会長・西村道雄先生の15年の年です。先月発行した『教会だより』に、「西村道雄先生のことを教えてください」という巻頭言を書きました。
偲草を作ろうと思ってのことです。
そうしたら、『教会だより』を読んでくださった恵庭教会の西村直清先生が電話をくださり、「うちの教会で西村道雄先生がお話をされた、その記録がある」と言ってくださいました。恵庭教会の教会誌に載せてあるとのことでした。
今日、それを見せて頂くために恵庭教会にお参りしました。
今日は、なにか、車で行く気持ちにならず、JRで行きました。その教会誌をお借りすることができました。
◯
帰り、恵庭駅から快速エアポートに乗りました。快速エアポートは新千歳空港が始発です。
超満員でした。
デッキのところも人で一杯でしたので、中に入れば少しはすいているかと思って中に入りました。中も、手すりを持つことができないほどの混みようでした。
わたしは、この混雑が苦手です。
気分がいけなくなるかも知れない、と覚悟しました。この混雑をさけるために、新千歳空港から乗る時は、贅沢だと思いつつUシート(指定席、300円)に乗ることにしているほどです。
わたしの立っている近くの席は、家族連れと思われる人たちが4人、椅子を向かい合わせにして座っていました。
外国の人でした。強烈なニンニクのにおいがしました。
これはきっと気分が悪くなる、とさらに覚悟しました。
ニンニクをどうこう言うつもりはありません。それに、言える私でもありません。以前、何年も前、高知でニンニクのたっぷりきいたカツオのたたきを頂き、そのまま飛行機に乗って帰り、混雑する快速エアポートに乗ったことがありますので、その自分を棚に上げて人様のことをどうこう言ったらいけません。
でも、気分が悪くなることはありませんでした。
さっぽろ駅から地下鉄で帰り、4時の御祈念を頂きました。そのあと、すぐにお礼のハガキを書き、届いていた手紙2通の返事を書いて、ポストに出しに行きました。また、留守中に頂いていた電話があったので、こちらから電話をしました。
そんなことが当たり前にできました。当たり前にできることをとてもありがたく感じました。

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今年は初代教会長・西村道雄先生の15年の年です。先月発行した『教会だより』に、「西村道雄先生のことを教えてください」という巻頭言を書きました。
偲草を作ろうと思ってのことです。
そうしたら、『教会だより』を読んでくださった恵庭教会の西村直清先生が電話をくださり、「うちの教会で西村道雄先生がお話をされた、その記録がある」と言ってくださいました。恵庭教会の教会誌に載せてあるとのことでした。
今日、それを見せて頂くために恵庭教会にお参りしました。
今日は、なにか、車で行く気持ちにならず、JRで行きました。その教会誌をお借りすることができました。
◯
帰り、恵庭駅から快速エアポートに乗りました。快速エアポートは新千歳空港が始発です。
超満員でした。
デッキのところも人で一杯でしたので、中に入れば少しはすいているかと思って中に入りました。中も、手すりを持つことができないほどの混みようでした。
わたしは、この混雑が苦手です。
気分がいけなくなるかも知れない、と覚悟しました。この混雑をさけるために、新千歳空港から乗る時は、贅沢だと思いつつUシート(指定席、300円)に乗ることにしているほどです。
わたしの立っている近くの席は、家族連れと思われる人たちが4人、椅子を向かい合わせにして座っていました。
外国の人でした。強烈なニンニクのにおいがしました。
これはきっと気分が悪くなる、とさらに覚悟しました。
ニンニクをどうこう言うつもりはありません。それに、言える私でもありません。以前、何年も前、高知でニンニクのたっぷりきいたカツオのたたきを頂き、そのまま飛行機に乗って帰り、混雑する快速エアポートに乗ったことがありますので、その自分を棚に上げて人様のことをどうこう言ったらいけません。
でも、気分が悪くなることはありませんでした。
さっぽろ駅から地下鉄で帰り、4時の御祈念を頂きました。そのあと、すぐにお礼のハガキを書き、届いていた手紙2通の返事を書いて、ポストに出しに行きました。また、留守中に頂いていた電話があったので、こちらから電話をしました。
そんなことが当たり前にできました。当たり前にできることをとてもありがたく感じました。

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平成22年2月3日(水) 晴れ 寒い
今日は月例祭でした。
17人の参拝がありました。
当教会の月例祭は、3日、10日、21日に近い日曜日にお仕えします。
3日は天地金乃神様、10日は生神金光大神様、21日に近い日曜日は月例霊祭です。
月例霊祭は25人前後のお参りがあります。3日・10日の月例祭は、ずーっと10人に届きませんでした。
なんとか10人を超したいと、御祈念に御祈念を重ねてきました。
この頃、次第に10人を超すお祭りが増えてきました。
もちろん、人数が多ければいいというものではありません。一人ひとりの信者さんは、数を数えるために来ておられるのではありません。一人ひとりが大切なのです。
でも、人数にわたしの信心の中身が現れるというのも事実です。
きょうは、札幌の最高気温がマイナス9.5度だったそうです。最高が、です。
今冬、最強の寒さです。
その中をこれだけの方のお参りを頂きました。
うれしいです。
お広前は、お祭りをしている時、暑いくらいでした。
◯
話を聞くと、「今日はどうもお参りできそうにない」という状態の人がありました。
「いや、いけない。自分たちの都合を中心にするのでなく、月例祭を中心に考えよう」と思われたそうです。
そうしたら、思いもかけぬ展開があって、お参りできたということでした。
神様がそのようにして引き寄せてくださった、と思います。
うれしいです、たのしいです、ありがたいです。
◯
毎月3日の月例祭には、その月に生まれた人のいのちのお礼を申し上げています。
トヨ子先生は今月、91歳の誕生日を迎えられます。
実にお元気です。
神様にもトヨ子先生にもお礼を申し上げました。

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今日は月例祭でした。
17人の参拝がありました。
当教会の月例祭は、3日、10日、21日に近い日曜日にお仕えします。
3日は天地金乃神様、10日は生神金光大神様、21日に近い日曜日は月例霊祭です。
月例霊祭は25人前後のお参りがあります。3日・10日の月例祭は、ずーっと10人に届きませんでした。
なんとか10人を超したいと、御祈念に御祈念を重ねてきました。
この頃、次第に10人を超すお祭りが増えてきました。
もちろん、人数が多ければいいというものではありません。一人ひとりの信者さんは、数を数えるために来ておられるのではありません。一人ひとりが大切なのです。
でも、人数にわたしの信心の中身が現れるというのも事実です。
きょうは、札幌の最高気温がマイナス9.5度だったそうです。最高が、です。
今冬、最強の寒さです。
その中をこれだけの方のお参りを頂きました。
うれしいです。
お広前は、お祭りをしている時、暑いくらいでした。
◯
話を聞くと、「今日はどうもお参りできそうにない」という状態の人がありました。
「いや、いけない。自分たちの都合を中心にするのでなく、月例祭を中心に考えよう」と思われたそうです。
そうしたら、思いもかけぬ展開があって、お参りできたということでした。
神様がそのようにして引き寄せてくださった、と思います。
うれしいです、たのしいです、ありがたいです。
◯
毎月3日の月例祭には、その月に生まれた人のいのちのお礼を申し上げています。
トヨ子先生は今月、91歳の誕生日を迎えられます。
実にお元気です。
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平成22年2月3日(水) 晴れ 寒い
1月31日、NHK総合テレビで「NHKスペシャル 無縁社会 ~“無縁死”3万2千人の衝撃 ~」を見ました。
かなりショッキング内容でした。
この内容ついては、以下のブログによくまとめられています。
http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/20100202
アパートで暮らしていたのに、死後何日も発見されず、氏名不詳者として「処理」された人もあります。
家族がおらず、故郷とのつながりも切れ、隣近所の人とも話をせず、地域社会の営みにも参加しない・・すなわち「ひきこもり」の高齢者が増えているという言うのです。その中でなくなって行く人が、年間32,000人。
◯
2月1日のNHK「クローズアップ現代」は、「フードデザート」(食物の砂漠)を問題にしていました。
生活圏からスーパーがなくなって、食料品を買うのに30分歩いて行かねばならないというのです。この人は病気で、少し歩いては休み、少し歩いては休みを繰り返していました。重い物が持てないので、買物の中身も限定され、食べたい物(とくに野菜)が食べられないということでした。
配食サービスもあるが、1食500円なので、年金暮らしの身には高くてとても利用できない、とも言っていました。
茨城県の県庁所在地水戸市の駅の近くに住んでいる人の話でした。
ひきこもりの高齢者がフードデザートに住む。
そんな社会になりつつあります。
◯
よその世界の出来事ではありません。
当教会のお参りされる方で、一人で暮らしておられる高齢者はたくさんおられます。しかし、幸いなことに、この番組が言う「無縁死」にはならないと思われます。多くの方が親戚とか隣近所や地域社会とのつながりがあるからです。さすがに信心のおかげと言うべきでしょうか。
しかし、指折り数えてみると、「ひょっとしたら」と思える人もないではありません。
◯
これが今日頂いている御理解ですが、この御理解から見ると、現代は「死ぬる用意」もできない、「生きる用意」もできない、そんな時代に見えてきます。
死ぬこともまたおかげの中で出来ることである、ということがよく分かります。
そしてそのおかげとは、神様とのつながり、御先祖とのつながり、人様とのつながりのことであります。
わたしはこの御理解を、「いのちは生き続ける。死ぬ用意は出来ない。だから、死ぬ用意などするものではない」と頂いております。ただし、体は死にます。土になります。
体が死んだあとも、いのちは魂として生き続けます。
ですから、この教えは「遺言を書くな」とか「身の回りの整理をするな」ということではない、と思っております。
UTAの信心を目指すわたしどもは、この社会の中でどのように信心を進めていけばいいのでしょうか?

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1月31日、NHK総合テレビで「NHKスペシャル 無縁社会 ~“無縁死”3万2千人の衝撃 ~」を見ました。
かなりショッキング内容でした。
この内容ついては、以下のブログによくまとめられています。
http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/20100202
アパートで暮らしていたのに、死後何日も発見されず、氏名不詳者として「処理」された人もあります。
家族がおらず、故郷とのつながりも切れ、隣近所の人とも話をせず、地域社会の営みにも参加しない・・すなわち「ひきこもり」の高齢者が増えているという言うのです。その中でなくなって行く人が、年間32,000人。
◯
2月1日のNHK「クローズアップ現代」は、「フードデザート」(食物の砂漠)を問題にしていました。
生活圏からスーパーがなくなって、食料品を買うのに30分歩いて行かねばならないというのです。この人は病気で、少し歩いては休み、少し歩いては休みを繰り返していました。重い物が持てないので、買物の中身も限定され、食べたい物(とくに野菜)が食べられないということでした。
配食サービスもあるが、1食500円なので、年金暮らしの身には高くてとても利用できない、とも言っていました。
茨城県の県庁所在地水戸市の駅の近くに住んでいる人の話でした。
ひきこもりの高齢者がフードデザートに住む。
そんな社会になりつつあります。
◯
よその世界の出来事ではありません。
当教会のお参りされる方で、一人で暮らしておられる高齢者はたくさんおられます。しかし、幸いなことに、この番組が言う「無縁死」にはならないと思われます。多くの方が親戚とか隣近所や地域社会とのつながりがあるからです。さすがに信心のおかげと言うべきでしょうか。
しかし、指折り数えてみると、「ひょっとしたら」と思える人もないではありません。
◯
死ぬる用意をすな。生きる用意をせよ。死んだら土になるのみ。
金光教教典
金光大神御理解集第Ⅰ類 島村八太郎 45
金光大神御理解集第Ⅰ類 島村八太郎 45
これが今日頂いている御理解ですが、この御理解から見ると、現代は「死ぬる用意」もできない、「生きる用意」もできない、そんな時代に見えてきます。
死ぬこともまたおかげの中で出来ることである、ということがよく分かります。
そしてそのおかげとは、神様とのつながり、御先祖とのつながり、人様とのつながりのことであります。
わたしはこの御理解を、「いのちは生き続ける。死ぬ用意は出来ない。だから、死ぬ用意などするものではない」と頂いております。ただし、体は死にます。土になります。
体が死んだあとも、いのちは魂として生き続けます。
ですから、この教えは「遺言を書くな」とか「身の回りの整理をするな」ということではない、と思っております。
UTAの信心を目指すわたしどもは、この社会の中でどのように信心を進めていけばいいのでしょうか?

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平成22年2月2日(火) 晴れ
これが、今日、頂いている御理解です。
「先楽しみ」について、今感じていることを書かせて頂きます。
◯
「信心とは、自分の心を信じられるようになること」と先日の記事で申し上げました。
その自分を信じる稽古として、神様と小さな約束をして、毎日それを実行するというのがあります。
私が、今、取り組んでいることの一つは、30分前後のウォーキングです。
もう一つは、朝起きた時の体操です。グーパーグルグル体操、かかと上げ下げ、ヒンズースクワットが、そのメニューです。
「札幌市内の教会を歩いて巡拝する」という目標(願い)を立て、その目標に向かっての取り組みです。
どんなおかげが生まれてくるか、先が楽しみです。
そのためにも「今日が大切」という思し召しをかみしめて、体に染み込ませていきたいです。
◯
ところで、今日は、22・2・2です。
2月22日も来ます。

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今15位です。
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過ぎたる悪いことを思い出して苦をすな。今日が大切、先を楽しめよ。
金光教教典 金光大神御理解集第Ⅰ類 島村八太郎・44
これが、今日、頂いている御理解です。
「先楽しみ」について、今感じていることを書かせて頂きます。
◯
「信心とは、自分の心を信じられるようになること」と先日の記事で申し上げました。
その自分を信じる稽古として、神様と小さな約束をして、毎日それを実行するというのがあります。
私が、今、取り組んでいることの一つは、30分前後のウォーキングです。
もう一つは、朝起きた時の体操です。グーパーグルグル体操、かかと上げ下げ、ヒンズースクワットが、そのメニューです。
「札幌市内の教会を歩いて巡拝する」という目標(願い)を立て、その目標に向かっての取り組みです。
どんなおかげが生まれてくるか、先が楽しみです。
そのためにも「今日が大切」という思し召しをかみしめて、体に染み込ませていきたいです。
◯
ところで、今日は、22・2・2です。
2月22日も来ます。

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平成22年2月1日(月) 晴れ
「信心」は、「心を信じる」こと。
心とは、自分の心、人の心、霊の心、教祖の心、神の心が考えられます。
その中でも、わたしは「自分の心」を問題にしていきたいです。
本当に自分の心を信じることができているでしょうか?
例えばダイエット。
多くの人が三日坊主を経験していると思います。私もです。
それが続くと、自分で自分を信じられなくなります。
自分を信じることができない自分もかわいそうですし、自分に信じてもらえない自分もかわいそうです。
それに、自分を信じることができない人が、他の人の心や神様の心を信じることができるでしょうか。
小さな約束を自分(あるいは神様)として、毎日その約束を実行していく。
それによって自分への信頼が生まれてくると思います。
昨日ウォーキングをしながら考えました。
◯
「信神」とは、神様を信じること。
自分を信じる心ができていくことと、神様がを信じる心ができていくことは、同じ事のように思えます。
◯
「神人」
これは、去年、教主金光様が「神人の道」とお示しくださったことで、改めて大きく意識されております。
最近、ある資格試験に合格した人がいます。
「全く神様のおかげだ」とおっしゃいました。
わたしは、がんばる人に神様が働いたのだから、神と人とあいよかけよで合格の道が開けたのだ、と申しました。
「神人」とは、そういうことだと思います。

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「信心」は、「心を信じる」こと。
心とは、自分の心、人の心、霊の心、教祖の心、神の心が考えられます。
その中でも、わたしは「自分の心」を問題にしていきたいです。
本当に自分の心を信じることができているでしょうか?
例えばダイエット。
多くの人が三日坊主を経験していると思います。私もです。
それが続くと、自分で自分を信じられなくなります。
自分を信じることができない自分もかわいそうですし、自分に信じてもらえない自分もかわいそうです。
それに、自分を信じることができない人が、他の人の心や神様の心を信じることができるでしょうか。
小さな約束を自分(あるいは神様)として、毎日その約束を実行していく。
それによって自分への信頼が生まれてくると思います。
昨日ウォーキングをしながら考えました。
◯
「信神」とは、神様を信じること。
自分を信じる心ができていくことと、神様がを信じる心ができていくことは、同じ事のように思えます。
◯
「神人」
これは、去年、教主金光様が「神人の道」とお示しくださったことで、改めて大きく意識されております。
最近、ある資格試験に合格した人がいます。
「全く神様のおかげだ」とおっしゃいました。
わたしは、がんばる人に神様が働いたのだから、神と人とあいよかけよで合格の道が開けたのだ、と申しました。
「神人」とは、そういうことだと思います。

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平成22年1月30日(土) くもり
札幌市内には、6つの教会があります。
この6つの教会を巡拝します。
それも 歩いて。
当教会(札幌南)
↓
札幌
↓
札幌北
↓
札幌東
↓
札幌南郷
↓
もいわ
↓
当教会
この順番になると思います。
何キロになるでしょうか? わたしのだいたいの予測では20キロくらいかな? と思いますが、そのうち車で走って確かめてみようと思います。
◯
今日、思い立ちました。
そして、今日からトレーニングだと思って、ウォーキングをしました。
雪がとけたら、折を見てやろうと思います。
これができれば、体も一層しゃんとするでしょう。

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札幌市内には、6つの教会があります。
この6つの教会を巡拝します。
それも 歩いて。
当教会(札幌南)
↓
札幌
↓
札幌北
↓
札幌東
↓
札幌南郷
↓
もいわ
↓
当教会
この順番になると思います。
何キロになるでしょうか? わたしのだいたいの予測では20キロくらいかな? と思いますが、そのうち車で走って確かめてみようと思います。
◯
今日、思い立ちました。
そして、今日からトレーニングだと思って、ウォーキングをしました。
雪がとけたら、折を見てやろうと思います。
これができれば、体も一層しゃんとするでしょう。

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平成22年1月28日(木) くもり
「教会とは?」と改めて求めて、一つ行き着いたのが「神話の生まれる教会」でした。
「神話」とは、人が助かり神が生まれるストーリーのことであり、人の生きる力の源泉、人の生きる意味の源泉のことであります。
しかし、そこで自分自身が誤解をしてはいけないことがあります。それは、神話を生み出すために教会があるのではない、ということです。
苦難の物語は神話につきものですが、人が今抱えている苦難は、神話のために存在しているのではありません。
◯
教会は、人が自分のいのちの輝きに目覚め、人が本当に幸せになるためのお役に立つところ(場・働き・つながり)です。
「いのちの輝きに目覚める」とは、自分自身のすばらしさに気づくということです。
人はそこに生きているだけですばらしいし(信心せんでもおかげはやってある)、神様から頂いている神心を磨いてもっともっとすばらしくなります(信心しておかげを受けてくれよ)。
「本当に幸せになる」とは、どういうことでしょうか?
人によって考え方・感じ方が違うでしょうから、一概に言えません。ですから、「こうではないでしょうか」と提示することはできるでしょうが、押し付けることはできません。
わたしは、和賀心となってUTA(「うれしい・たのしい・ありがたい」「うれしく・たのしく・ありがたく」)が生まれることが本当の幸せと思っています。
「お役に立つ」ためには、まずは祈ることです。そして、次に対話(聞いて聞いて聞いて、話す)です。そして行動(陰で人を助けよ)です。
これができていけば、神話はおのずから生まれていきます。
◯
教育学者の森信三氏は、「人生再建の三大原理」を提唱しておられます。
これは、そのまま信心実践になります。
自分が心がけていること(できなかったこと、できていないことがたくさんあります)で、この「三大原理」に当てはまると思うことをかいてみます。
1 時を守る
自分の人生の献立(目標・目的・工程)をきちんと決め、その時間・スケジュールを守る。献立には、短気・中期・長期があります。
1日のスケジュールを守る
早起き
約束を守る(納期・締め切り・待ち合わせ など)
今月今日(今 ここ すぐ)
2 場を清める
教会
家庭
職場
地域
体
心
本心の玉
3 礼を正す
御祈念
あいさつ
ホウ・レン・ソウ
なんでもよろこんで引き受ける
複写ハガキ
後始末
椅子を元に戻す
履き物を揃える
衣服をたたむ、ハンガーに掛ける
お手洗いをふりかえる
食器
夜具
◯
この三つは、時間・空間・関係(神と人 人と人 人と事 人と物)に関わってのあり方・動き方ということになるでしょうか。

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「教会とは?」と改めて求めて、一つ行き着いたのが「神話の生まれる教会」でした。
「神話」とは、人が助かり神が生まれるストーリーのことであり、人の生きる力の源泉、人の生きる意味の源泉のことであります。
しかし、そこで自分自身が誤解をしてはいけないことがあります。それは、神話を生み出すために教会があるのではない、ということです。
苦難の物語は神話につきものですが、人が今抱えている苦難は、神話のために存在しているのではありません。
◯
教会は、人が自分のいのちの輝きに目覚め、人が本当に幸せになるためのお役に立つところ(場・働き・つながり)です。
「いのちの輝きに目覚める」とは、自分自身のすばらしさに気づくということです。
人はそこに生きているだけですばらしいし(信心せんでもおかげはやってある)、神様から頂いている神心を磨いてもっともっとすばらしくなります(信心しておかげを受けてくれよ)。
「本当に幸せになる」とは、どういうことでしょうか?
人によって考え方・感じ方が違うでしょうから、一概に言えません。ですから、「こうではないでしょうか」と提示することはできるでしょうが、押し付けることはできません。
わたしは、和賀心となってUTA(「うれしい・たのしい・ありがたい」「うれしく・たのしく・ありがたく」)が生まれることが本当の幸せと思っています。
「お役に立つ」ためには、まずは祈ることです。そして、次に対話(聞いて聞いて聞いて、話す)です。そして行動(陰で人を助けよ)です。
これができていけば、神話はおのずから生まれていきます。
◯
教育学者の森信三氏は、「人生再建の三大原理」を提唱しておられます。
これは、そのまま信心実践になります。
自分が心がけていること(できなかったこと、できていないことがたくさんあります)で、この「三大原理」に当てはまると思うことをかいてみます。
1 時を守る
自分の人生の献立(目標・目的・工程)をきちんと決め、その時間・スケジュールを守る。献立には、短気・中期・長期があります。
1日のスケジュールを守る
早起き
約束を守る(納期・締め切り・待ち合わせ など)
今月今日(今 ここ すぐ)
2 場を清める
教会
家庭
職場
地域
体
心
本心の玉
3 礼を正す
御祈念
あいさつ
ホウ・レン・ソウ
なんでもよろこんで引き受ける
複写ハガキ
後始末
椅子を元に戻す
履き物を揃える
衣服をたたむ、ハンガーに掛ける
お手洗いをふりかえる
食器
夜具
◯
この三つは、時間・空間・関係(神と人 人と人 人と事 人と物)に関わってのあり方・動き方ということになるでしょうか。

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平成22年1月26日(火) 雪・くもり
年末から、記事の後ろに「拍手」を貼りつけました。
このブログ・サービスの新メニューです。
どういうものか分からないままに、貼りつけました。
拍手をクリックして頂くと、拍手をしたことになります。
「この記事は気に入った!」と思われたら、クリックお願いします。「も一つだが、がんばれ」という時も、励ましの拍手をお願いします。
クリックして下さると、画面が変わってコメントを入れる欄が出ると思います。
そこにコメントを入れて頂くと、管理者(わたし)だけがそのコメントを読むことができます。
◯
今まで、自分ではなんぼクリックしても拍手の数字が増えるわけでなく、試験的にコメントを入れてみても、入る様子がありませんでした。
管理者の「自画自賛」はできない仕組みになっているようです。
ところが昨日、コメントの読み方が分かりました。
拍手の数も、どの記事にいくつ入っているかということが分かるようになってる、ということも分かりました。
これまでの記事で一番たくさん拍手を頂いたのは、元日のあいさつで、拍手の数は8でした。
昨日までにコメントを入れて頂いた方、ありがとうございます。
読みました。
これまで、ほったらかしにしておいて申しわけありませんでした。
◯
「この記事にコメントする」の方のコメントは、即座に反映されるように設定しています。
管理者が一旦手元に置いて、点検するというようにしておりません。

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管理者の「自画自賛」はできない仕組みになっているようです。
ところが昨日、コメントの読み方が分かりました。

拍手の数も、どの記事にいくつ入っているかということが分かるようになってる、ということも分かりました。

これまでの記事で一番たくさん拍手を頂いたのは、元日のあいさつで、拍手の数は8でした。
昨日までにコメントを入れて頂いた方、ありがとうございます。
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これまで、ほったらかしにしておいて申しわけありませんでした。
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平成22年1月25日(月) 曇り・雪
あるきっかけがあって、ここ数日、わたしの求める教会とはどんな教会なのか、を考えておりました。
そして、一つの到達点に至りました。
神話の生まれる教会
これがその到達点です。
少し説明が必要かと思います。
神話とは、人が助かり神が生まれるストーリーのことです。そして、そのストーリーは、人が生きる力の源泉ともなり、人が生きる意味の源泉ともなります。
教祖広前から生まれた神話が、「覚書」であり「お知らせ事覚帳」であろうと思います。
◯
目の前の苦難は、そのストーリーの中身となります。
苦難は神話に深い意味を与えます。
神話の生まれる教会となるためには、日々なさねばならない いくつかの事柄があるように思います。
それを今、考えております。

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あるきっかけがあって、ここ数日、わたしの求める教会とはどんな教会なのか、を考えておりました。
そして、一つの到達点に至りました。
神話の生まれる教会
これがその到達点です。
少し説明が必要かと思います。
神話とは、人が助かり神が生まれるストーリーのことです。そして、そのストーリーは、人が生きる力の源泉ともなり、人が生きる意味の源泉ともなります。
教祖広前から生まれた神話が、「覚書」であり「お知らせ事覚帳」であろうと思います。
◯
目の前の苦難は、そのストーリーの中身となります。
苦難は神話に深い意味を与えます。
神話の生まれる教会となるためには、日々なさねばならない いくつかの事柄があるように思います。
それを今、考えております。

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平成22年1月22日(金) 曇り
「自分の感受性くらい」という詩を読みました。
ここに紹介されていました。
自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
「自分の感受性くらい」(茨城のり子 出版:花神社)
「ばかものよ」とわたしに言って下さっているのは、教祖様です。そして、教祖様の信心を生きたわたしの両親であり、家内の両親であり、ここの教会の初代・西村道雄先生です。
◯
昨夜、夜の御祈念後、わたしは台所の食卓で小説を読み始めました。暖かいし、他の部屋で読むと別にストーブを焚かないといけませんので、灯油代がもったいないです。
読み始めた小説は、ある人から紹介された私小説です。
読み始めてみて、引き込まれるというものをなかなか感じませんでした。
自分で言うのもなんですが、わたしは小説を読むことが好きで、読み始めたらだいたい分かります。この人に感情移入をするといいよとか、作者とはこういう距離をとれとか・・・。
それが、なかなか分かりませんでした。
実際の作者 ― 小説中の作者 ― 読んでいる私。
この3つの関係というか、距離がなかなかつかめませんでした。
心の中で多少のいらつきが始まっていました。
そのうち家内が、目の前で友だちに電話をし始めました。普通の声で話しているのですが、大声に聞こえました。心がイライラし始めました。
「人が本を読んでいるのに・・・」という気持ちになりました。
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
これを思い出しました。食卓で読まなくてもいいのです。他に静かな環境はあるのですから。
ほんとに下手です。
◯
わかっているのに・・・ です。
それにしてもこの詩は、いい詩です。
ガーンとぶちかまされるものを感じます。
勇気もわきます。
暖かいものも生まれてきます。

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自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
「自分の感受性くらい」(茨城のり子 出版:花神社)
「ばかものよ」とわたしに言って下さっているのは、教祖様です。そして、教祖様の信心を生きたわたしの両親であり、家内の両親であり、ここの教会の初代・西村道雄先生です。
◯
昨夜、夜の御祈念後、わたしは台所の食卓で小説を読み始めました。暖かいし、他の部屋で読むと別にストーブを焚かないといけませんので、灯油代がもったいないです。
読み始めた小説は、ある人から紹介された私小説です。
読み始めてみて、引き込まれるというものをなかなか感じませんでした。
自分で言うのもなんですが、わたしは小説を読むことが好きで、読み始めたらだいたい分かります。この人に感情移入をするといいよとか、作者とはこういう距離をとれとか・・・。
それが、なかなか分かりませんでした。
実際の作者 ― 小説中の作者 ― 読んでいる私。
この3つの関係というか、距離がなかなかつかめませんでした。
心の中で多少のいらつきが始まっていました。
そのうち家内が、目の前で友だちに電話をし始めました。普通の声で話しているのですが、大声に聞こえました。心がイライラし始めました。
「人が本を読んでいるのに・・・」という気持ちになりました。
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
これを思い出しました。食卓で読まなくてもいいのです。他に静かな環境はあるのですから。
ほんとに下手です。
◯
わかっているのに・・・ です。
それにしてもこの詩は、いい詩です。
ガーンとぶちかまされるものを感じます。
勇気もわきます。
暖かいものも生まれてきます。

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平成22年1月22日(金) 曇り
お昼ごはんを頂こうとしているところに、玄関の開く音がしました。お参りの方かな、と思って出てみるとジャスマック プラザ ホテルの営業マンの方でした。
「なんや、昼ごはんを食べるところだったのに、と思ってはいかん。なんでもよろこんで引き受ける稽古だ」と思いました。
でも、無理にそんなことを思わなくても、この営業マンの人とは親しくなっていて、この人と話をするのは楽しいです。上にあがってもらって、話をしました。
小一時間ほど、楽しく話をしました。
年齢のこと
お互いの父親のこと
「自娯」のこと など。
年齢のことでわたしは、「この頃、歩くスピードが遅くなりました」と言いました。
「道を歩いても、若い女の子に追い越されることがあるんです。今までそんなことなかったのに。わたし、歩くの、速い方なのです。せっかちなのかも知れません」
「そんなのいいじゃないですか」と、その営業マンの人は言いました。
相手の言うことを「そうじゃない」と言う営業マンは珍しいです。が、だからこそわたしは、この人と話をするのが楽しいです。
「お先にどうぞですよ」と彼は言いました。
「なるほど」と思いました。
それで、「それが<共に助かる>ということにつながりますもんね」とわたしは言いました。
◯
わたしは、せっかちです。そして、追い越されると、つい、「追い越されたくない」という気持ちになる質(たち)です。
今はしませんが、昔、高速道路を走る時は、「追い越すことはあっても追い越されてはいけない」という原則を立てていました。
高速道路だけではありません。振り返ってみると、悉くがそんな感じでした。それで「結果」が出ていたわけではないのですが。
そんな自分が少しずつ見えてきたような気がします。

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お昼ごはんを頂こうとしているところに、玄関の開く音がしました。お参りの方かな、と思って出てみるとジャスマック プラザ ホテルの営業マンの方でした。
「なんや、昼ごはんを食べるところだったのに、と思ってはいかん。なんでもよろこんで引き受ける稽古だ」と思いました。
でも、無理にそんなことを思わなくても、この営業マンの人とは親しくなっていて、この人と話をするのは楽しいです。上にあがってもらって、話をしました。
小一時間ほど、楽しく話をしました。
年齢のこと
お互いの父親のこと
「自娯」のこと など。
年齢のことでわたしは、「この頃、歩くスピードが遅くなりました」と言いました。
「道を歩いても、若い女の子に追い越されることがあるんです。今までそんなことなかったのに。わたし、歩くの、速い方なのです。せっかちなのかも知れません」
「そんなのいいじゃないですか」と、その営業マンの人は言いました。
相手の言うことを「そうじゃない」と言う営業マンは珍しいです。が、だからこそわたしは、この人と話をするのが楽しいです。
「お先にどうぞですよ」と彼は言いました。
「なるほど」と思いました。
それで、「それが<共に助かる>ということにつながりますもんね」とわたしは言いました。
◯
わたしは、せっかちです。そして、追い越されると、つい、「追い越されたくない」という気持ちになる質(たち)です。
今はしませんが、昔、高速道路を走る時は、「追い越すことはあっても追い越されてはいけない」という原則を立てていました。
高速道路だけではありません。振り返ってみると、悉くがそんな感じでした。それで「結果」が出ていたわけではないのですが。
そんな自分が少しずつ見えてきたような気がします。

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平成22年1月21日(木) 雪 → 曇り
http://hidakazu.naganoblog.jp/e384790.html
18日の記事で、このブログのお勧めをしました。
スーパーで働くようになった新人の「坂本くん」が 「なんでもよろこんで引き受ける」話です。
◯
今朝は起きてみたら、雪でした。
「なんでもよろこんで引き受ける」けいこ、すなわち、喜んで雪かきをさせてもらうけいこです。
雪かきをしていたら、隣のマンションの人が車で帰ってきました。高級車です。
隣のマンションはワンルームマンションで、住んでいる人は若い人ばかりです。中高年はいません。みなさん単身者(のはず)です。
若い人ばかりなのに、高級車を乗っていたり、しょっちゅうタクシーを呼んで出かけたりという人が多いです。「若いけど、セレブなんやななぁ」と思っていました。
日頃あんまり、話をすることはありません。
その高級車に乗っている人もどんな人か知りませんでした。ただ、車のナンバーが「80・00」なので、ひょっとしたらひょっとするぞと思っておりました。
わたしが雪かきをしていると、その車が自分の駐車区域に入れようとしていました。ところが雪が積もっていて、車輪が空回りしています。うまく入れることが出来ません。何度か前に行ったり後ろに下がったりを繰り返していました。
その車は、高級車なのですがFRでした。4輪駆動ならなんの問題もなく動くところですが、どうにもなりません。
ちなみにわたしの乗っている車はFFと4輪駆動が自由に切り替えられるというものです。FRのタクシーなんかは、よくすべっていますが、わたしの乗っている車はほとんどすべるということがありません。ありがたいです。
◯
神様が「行け」と言っておられる気がしました。
そのように心に思ったら、「なんでもよろこんで引き受ける」けいこです。
高級車を運転している人が車を降りて出てきました。若いお兄ちゃんでした。
「どうぞ」と言って、わたしの使っているスコップを渡しました。そして、わたしは教会の玄関からもう一つのスコップを出してきて、一緒に駐車区域の雪を取り除きました。
車はなんなく駐車区域に停まるとまることができました。

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◯
今朝は起きてみたら、雪でした。
「なんでもよろこんで引き受ける」けいこ、すなわち、喜んで雪かきをさせてもらうけいこです。
雪かきをしていたら、隣のマンションの人が車で帰ってきました。高級車です。
隣のマンションはワンルームマンションで、住んでいる人は若い人ばかりです。中高年はいません。みなさん単身者(のはず)です。
若い人ばかりなのに、高級車を乗っていたり、しょっちゅうタクシーを呼んで出かけたりという人が多いです。「若いけど、セレブなんやななぁ」と思っていました。
日頃あんまり、話をすることはありません。
その高級車に乗っている人もどんな人か知りませんでした。ただ、車のナンバーが「80・00」なので、ひょっとしたらひょっとするぞと思っておりました。
わたしが雪かきをしていると、その車が自分の駐車区域に入れようとしていました。ところが雪が積もっていて、車輪が空回りしています。うまく入れることが出来ません。何度か前に行ったり後ろに下がったりを繰り返していました。
その車は、高級車なのですがFRでした。4輪駆動ならなんの問題もなく動くところですが、どうにもなりません。
ちなみにわたしの乗っている車はFFと4輪駆動が自由に切り替えられるというものです。FRのタクシーなんかは、よくすべっていますが、わたしの乗っている車はほとんどすべるということがありません。ありがたいです。
◯
神様が「行け」と言っておられる気がしました。
そのように心に思ったら、「なんでもよろこんで引き受ける」けいこです。
高級車を運転している人が車を降りて出てきました。若いお兄ちゃんでした。
「どうぞ」と言って、わたしの使っているスコップを渡しました。そして、わたしは教会の玄関からもう一つのスコップを出してきて、一緒に駐車区域の雪を取り除きました。
車はなんなく駐車区域に停まるとまることができました。

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平成22年1月18日(月) 曇り
http://hidakazu.naganoblog.jp/e384790.html
このブログをお勧めします。
このブログのこの記事をお勧めします。
スーパーで働くようになった新人の「坂本くん」の話が出てきます。彼は 「何でもよろこんで引き受ける」「後始末」の2つを大切にしています。
◯
「なんでも喜んで引き受ける」とは、このブログに右に書いている「いつでも どこでも どんなことにでも はい わかりました ありがとうございます」ということに他なりません。
わたしがえっちらおっちら、何十年もかかってこれが大事だという思いに辿り着いて、ふりかざすように掲げていることが恥ずかしくなりました。
「後始末」もどれだけ大切なこととしてできているでしょうか?
とても疑問です。
◯
坂本くんの記事を思い出しているうちに、7:1:2 かなぁという数字が浮かんできました。
昨日は、5年祭をお仕えするお家と教会連合会の総会がありました。
どちらも本番であります。
その本番を迎えるためには準備・段取りが必要です。それが7。
本番が1。
そして、後始末(お礼・反省・後片付け)が2。
今まで、7をできだけ少なくして、2は限りなく0に近い自分ではなかったか、との思いが浮かんできました。

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◯
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わたしがえっちらおっちら、何十年もかかってこれが大事だという思いに辿り着いて、ふりかざすように掲げていることが恥ずかしくなりました。
「後始末」もどれだけ大切なこととしてできているでしょうか?
とても疑問です。
◯
坂本くんの記事を思い出しているうちに、7:1:2 かなぁという数字が浮かんできました。
昨日は、5年祭をお仕えするお家と教会連合会の総会がありました。
どちらも本番であります。
その本番を迎えるためには準備・段取りが必要です。それが7。
本番が1。
そして、後始末(お礼・反省・後片付け)が2。
今まで、7をできだけ少なくして、2は限りなく0に近い自分ではなかったか、との思いが浮かんできました。

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平成22年1月17日(日) 雪・曇り
今日は、15年前の平成7年、阪神・淡路大震災が起こった日です。
起こった時刻に、お広前で御祈念をさせて頂き、亡くなった霊様の立ち行き、残されたご家族の立ち行き、更なる復興をお祈りさせて頂きました。あわせて、ハイチの地震の救援・復興のことをお祈りさせて頂きました。
◯
その日わたしは、本部広前にお参りしていました。
寒期間の信行期間の朝の教話を会堂西2階で聞き、お広前に降りて御霊前の前あたりで御祈念をしておりました。その時、ゴーッという音が聞こえてきました。ジェット機でも飛んできたのかと思っておりましたら、会堂が揺れ始めました。
「地震だ!」と思い、腰が浮きました。
畏れ多いことですが、金光様をお守りせねばと思いました。お結界の金光様の方を見ると、金光様は微動だにせず、座っておられました。
お広前で御祈念しておられた他の人も、じっと御祈念を続けておられました。腰が浮いたのはわたし一人のようでした。
今朝、家内に「その時、おかあさんはどうしていたのかなぁ?」と聞きました。
宿舎に帰って、子どもの様子を見たということでした。
真史が2階で寝ており、絢が下で寝ておりましたが、真史が下に降りてきて、絢と一緒に寝ていたということでした。
いつものように学院にあがって、テレビで報じられる地震の様子を見ておりましたら、死者の数がどんどん増えていって、ただごとではないということが分かりました。
それがわたしの阪神・淡路大震災の始まりでした。

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今日は、15年前の平成7年、阪神・淡路大震災が起こった日です。
起こった時刻に、お広前で御祈念をさせて頂き、亡くなった霊様の立ち行き、残されたご家族の立ち行き、更なる復興をお祈りさせて頂きました。あわせて、ハイチの地震の救援・復興のことをお祈りさせて頂きました。
◯
その日わたしは、本部広前にお参りしていました。
寒期間の信行期間の朝の教話を会堂西2階で聞き、お広前に降りて御霊前の前あたりで御祈念をしておりました。その時、ゴーッという音が聞こえてきました。ジェット機でも飛んできたのかと思っておりましたら、会堂が揺れ始めました。
「地震だ!」と思い、腰が浮きました。
畏れ多いことですが、金光様をお守りせねばと思いました。お結界の金光様の方を見ると、金光様は微動だにせず、座っておられました。
お広前で御祈念しておられた他の人も、じっと御祈念を続けておられました。腰が浮いたのはわたし一人のようでした。
今朝、家内に「その時、おかあさんはどうしていたのかなぁ?」と聞きました。
宿舎に帰って、子どもの様子を見たということでした。
真史が2階で寝ており、絢が下で寝ておりましたが、真史が下に降りてきて、絢と一緒に寝ていたということでした。
いつものように学院にあがって、テレビで報じられる地震の様子を見ておりましたら、死者の数がどんどん増えていって、ただごとではないということが分かりました。
それがわたしの阪神・淡路大震災の始まりでした。

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平成22年1月16日(土) 雪・曇り
昨日、大きなUTA(うれしい たのしい ありがたい)が2つありました。
◯
金光図書館から電話があって、平成7年1月1日の阿知教会の元日祭で、わたしがしたお話をDVDにしたい、ということでした。
「え? 映像があるん?」
「はい、あります」
御本部で一緒に御用をした間柄なので、ざっくばらんな口のききようになります。
お話の時、ビデオをまわしているとは知りませんでした。
「平成7年かぁ」と思いました。その年の4月末にわたしはこちらに来たのです。阪神淡路の大震災があって(明日ですね)、地下鉄サリン事件もありました。7月9日に、初代教会長西村道雄先生が亡くなりました。
その年の元日祭にわたしは、阿知教会で話をしたのでした。
その年、ということが飛んでいました。「そうか、阿知教会でお話をさせて頂いたのは、平成7年だったか」と思いました。
お話のあとたくさん頂いて、ヘロヘロになって帰った私でした。
すみません。
◯
もう一つは、御霊地で御用しておられる方からのお手紙でした。
去年9月にお話の御用があったと言って、その原稿を送ってくださいました。
その話の中に、私とのメールのやりとりを引用してくださっておりました。
私のメールが引用されていたからというわけでは決してありませんが、このお話はすばらしいお話でした。
金光教はここに生きて輝いている、という感じでした。
◯
今年から改まったことが一つあります。
それは、年賀状を手書きで書くということです。
複写ハガキで書きました。
年末から書き始めましたが、時間の読みを誤り、年が明けても書いておりました。
この頃は、手書きで書くと、かえって印象的なのかも知れません。
そんなことを2,3の方から聞かせて頂きました。
お手紙をくださった方も、年賀状のことをでお礼を書いて下さり、そのことがきっかけになって、お手紙をくださったとありました。
手書きで書くと、おかげを頂きます。
複写ハガキであるということも、おかげの大切な中身になっています。
複写ハガキは、縦書き11行の世界です。この頃は、その11行に無限の広さを感じるようになりました。無限です。誇張ではないつもりです。

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昨日、大きなUTA(うれしい たのしい ありがたい)が2つありました。
◯
金光図書館から電話があって、平成7年1月1日の阿知教会の元日祭で、わたしがしたお話をDVDにしたい、ということでした。
「え? 映像があるん?」
「はい、あります」
御本部で一緒に御用をした間柄なので、ざっくばらんな口のききようになります。
お話の時、ビデオをまわしているとは知りませんでした。
「平成7年かぁ」と思いました。その年の4月末にわたしはこちらに来たのです。阪神淡路の大震災があって(明日ですね)、地下鉄サリン事件もありました。7月9日に、初代教会長西村道雄先生が亡くなりました。
その年の元日祭にわたしは、阿知教会で話をしたのでした。
その年、ということが飛んでいました。「そうか、阿知教会でお話をさせて頂いたのは、平成7年だったか」と思いました。
お話のあとたくさん頂いて、ヘロヘロになって帰った私でした。
すみません。
◯
もう一つは、御霊地で御用しておられる方からのお手紙でした。
去年9月にお話の御用があったと言って、その原稿を送ってくださいました。
その話の中に、私とのメールのやりとりを引用してくださっておりました。
私のメールが引用されていたからというわけでは決してありませんが、このお話はすばらしいお話でした。
金光教はここに生きて輝いている、という感じでした。
◯
今年から改まったことが一つあります。
それは、年賀状を手書きで書くということです。
複写ハガキで書きました。
年末から書き始めましたが、時間の読みを誤り、年が明けても書いておりました。
この頃は、手書きで書くと、かえって印象的なのかも知れません。
そんなことを2,3の方から聞かせて頂きました。
お手紙をくださった方も、年賀状のことをでお礼を書いて下さり、そのことがきっかけになって、お手紙をくださったとありました。
手書きで書くと、おかげを頂きます。
複写ハガキであるということも、おかげの大切な中身になっています。
複写ハガキは、縦書き11行の世界です。この頃は、その11行に無限の広さを感じるようになりました。無限です。誇張ではないつもりです。

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平成22年1月15日(金) 晴れ
年を重ねて、足元がおぼつかなくなられた方があります。この方は、もともと足がいけませんでした。プールに通うなどして、ずいぶん運動をしてこられましたが、今は家の中でも杖をついて歩かれるようになりました。
娘さんがおられて、一緒に暮らそうと声をかけて下さるそうですが、一人暮らしをしておられます。
杖をついて食事の支度をしたり、洗濯をしたりされるそうです。
そんな話を聞かせて頂いて、「立派だなぁ」と思いました。
この方のことでは、さらに「立派だなぁ」と思うことがあります。それは、教典を毎日読まれるということです。
教会では、教典の御教えを毎日一つずつ頂きます。それにあわせて、頂かれます。時々、「今日はどこでしたか?」と確認されます。
そして、毎日、その御教えに基づいて生活するように心がけていると仰います。
昨日、そんな話を聞かせて頂きました。
その話が刺激になったのでしょうか。どこがどのように刺激になったのか分かりませんが、ふと分かったことがあります。
◯
それは、
人を大切にする、人を愛するということは、その人のありようによらない
ということです。
そんなこと、今まで分かっていたはずではないか、と自分に言わねばなりませんが、どうも分かっていなかったようです。
「あの人はああだから、けしからん」というものがついて回っている自分でした。
それが、ウロコが目から落ちるように、ふと分かったのです。

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年を重ねて、足元がおぼつかなくなられた方があります。この方は、もともと足がいけませんでした。プールに通うなどして、ずいぶん運動をしてこられましたが、今は家の中でも杖をついて歩かれるようになりました。
娘さんがおられて、一緒に暮らそうと声をかけて下さるそうですが、一人暮らしをしておられます。
杖をついて食事の支度をしたり、洗濯をしたりされるそうです。
そんな話を聞かせて頂いて、「立派だなぁ」と思いました。
この方のことでは、さらに「立派だなぁ」と思うことがあります。それは、教典を毎日読まれるということです。
教会では、教典の御教えを毎日一つずつ頂きます。それにあわせて、頂かれます。時々、「今日はどこでしたか?」と確認されます。
そして、毎日、その御教えに基づいて生活するように心がけていると仰います。
昨日、そんな話を聞かせて頂きました。
その話が刺激になったのでしょうか。どこがどのように刺激になったのか分かりませんが、ふと分かったことがあります。
◯
それは、
人を大切にする、人を愛するということは、その人のありようによらない
ということです。
そんなこと、今まで分かっていたはずではないか、と自分に言わねばなりませんが、どうも分かっていなかったようです。
「あの人はああだから、けしからん」というものがついて回っている自分でした。
それが、ウロコが目から落ちるように、ふと分かったのです。

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