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体の丈夫を頂かせてください

家庭円満・子孫繁盛・家繁盛を頂かせてください

御用をお差し向け下さい。御用に必要な財を頂かせてください

いつでも どこでも どんなことにでも 和賀心にならせて下さい

神も助かり人も立ち行く「世界真の平和」実現のお役に立たせてください



信行の願い

  * 参拝
  * 聴教
  * 御祈念
  * 心行
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プロフィール
HN:
西川 太
性別:
男性
誕生日:
1950/07/25
1344 平成24年5月18日(金)

14日(月)

元気に目覚めることができました。
14日は、矢代幸彦先生の100日祭・納骨墓前祭でした。100日祭も墓前で執り行うことになっておりました。

ホテルは48時間ステイプランという宿泊メニューで、滞在中掃除はありませんが、アメニティは入れてくれます。わたしが使わせてもらった部屋はダブルだったので、アメニティは二人分ありました。新しく入れてもらった二日目のアメニティは使いませんでした。
そのことをメモにして、お礼の言葉と共に置いておきました。

「信心する者は、木の切り株に腰を下ろして休んでも、立つときには礼を言う心持ちにになれよ」と教祖様は教えてくださっています。2日間お世話になった部屋を、掃除する人が掃除しやすいように片づけて、そして部屋にお礼を言って、出ました。



市電で教会に行きました。
すばらしいお天気でした。空は青く、木は緑、桜は満開、微風、暖かです。 
8時半頃、教会に着きました。

奥津城は立待岬(たちまちみさき)の霊園にあります。この霊園には、石川啄木のお墓もあります。
神具やお供え物を用意して、9時半に教会を出発しましょう、ということになっておりました。教会に泊まった先生方が、すでに準備を整えてくださっていました。



教会から奥津城まで10分ほどです。

空は青。
木々は緑。
暖か。
海は深い緑で静か。
函館山にロープゥエイが行き来しています。

納骨のお祭りに最高のお天気を頂きました。
北海道が一番きれいな季節です。
こんなところで眠れたら最高だろうな、という環境です。

この前、矢代礼紀先生の納骨の時は、土砂降りと言っていい雨でした。みんなでそのことを話しました。

礼紀先生の納骨の時は、テントを張ってのお祭りでした。
あのテントは、幸彦先生が手配されたのでしょうか? お供え物も幸彦先生が用意されたのでしょうか。
十分に気が回らなくて申し訳ないことでした。



敬称略で失礼します。

祭主             高橋三喜治
副祭主・先唱役・典礼   山崎道教
後取             西村正人
賛者             高村志郎

お祭りの中で、幸彦先生にお礼を申しました。

お祭りの後は、霊園近くの料亭「煌」(きら)でお直会がありました。
最近、ミシュランの北海道版が出ましたが、「煌」は、その一つ星レストランになっているそうです。

幸彦先生がお好きだったということで、みんなにトンガリコーンが配られました。



わたしは、夕方4時28分の切符を買っていました。
お直会はもっと早くに終わることが予想されましたが、早くに終わったら、この機会に五稜郭に行き、新しく復元された函館奉行所を見学しようと思っておりました。

でも、お直会が終わったときは、見学よりも早く帰りたい、という気持ちになっていました。体がそう言っていました。
田中先生(旭川から戻ってきて、墓前祭にお参りされました)が2時の列車で帰ると言うので、一緒に帰ることにしました。

帰りの列車では、北海道教区でこれから本格的に取り組む「神人あいよかけよの生活運動」のことについて、あれこれと話しました。
田中先生が車中でのビールを用意してくださいましたが、飲みませんでした。

このブログにはUTAを書くのであって、いやだったことは書かないのですが、一つだけ自戒を込めて書かせていただきます。

わたしは窓際の席に座っていました。一つ前の席の窓際にお年寄りの男の人が座っていました。
窓のところに、飲物を置いたりすることができます。前の人が何を置いているかもよく見えます。
前の席に座っていた人は、入れ歯をはずして置いていました。はずした入れ歯が丸見えでした。
「せっかくの北海道の春爛漫の景色が広がっているのに」という気持ちでした。

「自戒」と申しましたが、わたしは入れ歯をしておりませんので、窓際に入れ歯を置きません、という自戒ではありません。列車の中では、何が他の人の迷惑になるか分からないので気をつけます、ということです。

教会に帰ったのは6時前でした。



大切な御大祭でお話の御用を頂きました。
子道会幹事の御用を次の先生に渡しました。

表の御用を頂いてきましたが、わたしが思ったことは、表の御用ができるためには、人の目に付かないところでどれだけ御用に気づき、それができるかということでした。
そして、表の御用にお取り立ていただくことはとてもありがたいけれども、人の目に付かないところでの御用を本気になってさせてもらいたい、ということでした。
これから、もっとその感覚を磨いていきたいと願っております。

わたしが思ったことを、もっと別の言葉で表現すると、御用の場は、わたしのパフォーマンスの場ではない、わたしが活躍する場ではない、ということです。
活躍するのは、神様・金光様・霊様・人様です。






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1343 平成24年5月17日(木)
13日(日)

前日は元気でしたが、朝起きると不調でした。
時々、こういうことがあります。

部屋で御祈念して、テレビ体操をしました。
「体操したらよくなるかな」と、期待したのですが、そうでもありませんでした。

「なるべく早いほうがいい」と思って、幹事になって下さった山崎先生に電話しました。「今日は、祭員の御用をお許し下さい。お話の御用に専念させて下さい」。

前日の子道会総会で、幹事の御用も新たに確認しました。
それは、春秋の大祭・9月の布教記念祭の祭員は、幹事が祭員の御用につく者を確認し、お役を決めて、教会長のご了解を頂く。そして、そのあとで典礼の御用に当たる者にそれを伝える、というものです。

…ということで、幹事の山崎先生に連絡したのでした。



ホテルの部屋を出るとき、「忘れ物をしてはいけない」と思って、お供え・財布・携帯電話など机の上に並べて確認しました。
そして、教会に向かいました。

御祈念して、お届けさせていただきました。
御結界には、幸彦先生の奥様、利恵先生が座って下さっておりました。

お祭りの準備は、教会に泊まった先生方がほとんどして下さっていました。
それで、改めてお話を確認しようと思って、メモを探したら、そのメモがありません。上着の内ポケットに入れたはずなのに、と思ったのですが、ホテルに忘れました。
あれだけ確認したはずなのに、です。

「仕方ない」と思って、奥の台所の応接セットのところで、お話のメモを作り始めました。
何度も頭の中で繰り返しているので、すぐにできます。

それを見たふみえさん(幸彦先生の長女)が、「どうしたんですか?」と聞いて下さいました。
「ホテルにお話のメモを忘れました」と言ったら、「電話して、ファックスしてもらったらどうでしょう」と言って下さったので、「それもそうだ」と思い、ホテルに電話しました。

「部屋にお話のメモを忘れました。A4の紙で5枚あります。それをさがして、ファックスしていただけないでしょうか」とお願いしました。
「お客様の部屋には、入ってはいけないことになっております」という返事でした。それはよく分かります。
「本人が了解しているということで、そこを曲げてお願いします。テーブルに上にあるはずです」と言ったら、「わかりました」と言って下さいました。

しばらくしたら、折り返しの電話がありました。
「封筒に入った書類がありました。名簿のようなものが書いてあります。他には見あたりませんでした」。
それは、子道会総会の資料でした。
「カバンの中をあけて下さい」とはお願いできませんので、「ありがとうございました」と言いました。

規則を曲げてまで、よくやって下さったと思います。
申し訳ないことでした。
昨日、スタッフの対応がすばらしいと書いたのは、こういうこともあってのこことでした。

お話のメモを改めて作りました。
作り直して却ってよかったかも知れません。余分な話をそぎ落とすことができました。



お祭りは、祭主・高村恵美子先生(兼務教会長)、副祭主・矢代利恵先生、他7人、合計9人の祭員でお仕えになられました。

祭主       高村恵美子(亀田)
副祭主      矢代利恵
先唱役      高橋三喜治(大館)
後取       矢代千春 (北見)
捲簾役(御神前) 山崎道教 (花輪)
捲簾役(御神前) 菊川松次郎(網走)
捲簾役(御霊前) 西村正人 (札幌)
賛者       高村志郎 (亀田)
典礼       北林宣彦 (青森)

お祭りには、前日に御用に来ておられた江郷繁樹先生(釧路)、田中敬一先生(帯広)がおられませんでした。
前日の12日、田中先生は子道会総会の前、江郷先生は子道会総会後(会食前)、旭川に向かわれました。13日が旭川教会布教110年記念祭で、田中先生は教務センター所長として、江郷先生は北海道教師会会長として、記念祭に参拝することになっていたからです。

江郷先生は、釧路 → 函館 → 旭川 → 釧路、田中先生は、帯広 → 函館 → 旭川 → 函館 → 札幌・帯広と、体を運ばれたことになります。
北海道は広いです。特急に乗っても長時間の旅行になります。

お二人の先生は、せめて前日の御用だけでもと思われて、函館まで足をのばされました。
田中先生は、14日のお祭り(後述)のため、函館まで再度来られました。

このお二人の動きを見ても、お二人がどれだけ親教会を大切に思っておられるか、そして、今度の函館教会の御大祭がどれだけ大切な御大祭であったかということが分かります。

2月に前教会長・矢代幸彦先生が亡くなられ、奥様が跡を継いで下さることになりました。
御本部で教師検定試験を受けられ、3月30日、教主金光様から教師にお取り立てを頂かれました。

函館教会としては、奥様・矢代利恵先生が親先生としてお取次の御用を下さることになる初めての御大祭、函館教会新出発の御大祭であったのです。

参拝教師代表玉串は、前川祝子先生(函館東部)、西村登喜雄先生(札幌)でした。

当教会から二人の方がお参りされ、一人が地方教会参拝者として玉串をお供えして下さいました。



その御大祭でお話の御用を頂いておりました。
何を話すべきか、ずいぶん考えて「心に木を植えよう」という講題で話をすることにしました。

前教会長が亡くなって、辛い・悲しい中のことであるけれども、お礼と喜びの心で信心を続けさせていただこう、お礼と喜びの木を心に植えて、その木を育てていきましょう、というお話をさせていただこうと思ったのです。

そのお話のメモを、A4用紙5枚に書いておりました。
わたしとしては、滅多にないことです(メモなし、徒手空拳を基本的スタイルにしたいと思っておりますので)。

そのメモをホテルに忘れました。
いちばん忘れてはいけないものを忘れました。
自分がちょっと悲しかったです。

でも、何度も見直していたこことでもあり、自分の実感を話すことにしておりましたので、細かい事実関係が多少あやしくなったと思いますが、メモを作り直すことは、そう難しいことではありませんでした。



お話を始めると、しばらくして、補助賛者の方が水(茶托に湯飲みが乗っていましたが、水と思いました)を持ってきて下さいました。
お話の途中で、それを口にする機会がありました。
飲んでみると、それは温かいお茶でした。
温かいお茶というのがよかったです。そこにお心遣いを感じました。ほっとするものがありました。

祝宴(函館教会は「お直会」と言わずに「祝宴」と言われます)の時、当教会からお参りされた方が、「講題は、『心にお礼と喜びの木を植えよう』の方がよかった」と言われました。そして、「話の間(ま)がよかった」とも言って下さいました。
講題は、その通りだと思いました。
「間」を誉めていただいて、うれしかったです。「間」を誉めてもらったのは初めてのことでした。



いつもなら、祝宴の途中、4時になったら失礼するのですが、このたびは14日にお祭り(幸彦先生の100日祭・納骨)があったので、その日も泊まることにしておりました。
ゆっくり御馳走を頂きました。

当教会の御信者さんは帰られるので、その帰りを見送りました。
わたしたちは、そのあと、大祭の後片づけをしました。大人数でやると、早いです。

そのあと、奥の台所でさらに頂きました。
わたしは早めに失礼して、ホテルに戻りました。
 



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1342 平成24年5月16日(水)

12日(土) 続き

2時半、車に分乗して亀田教会に移動しました。
3時からの子道会(ねみちかい)総会のためです。
このたびの総会は、ここからの幹事の選定と函館教会布教記念祭の教話講師を決めることが主な議題でした。

子道会の幹事は、毎年2名が輪番であたることになっております。平成24年度以降の幹事が決まっておりませんでしたので、23年度幹事(西村登喜雄先生とわたし)が、24年度も続いて御用しておりました。
前もってここ数年分の案を作っておきました。どうしてそのような案になるか、考え方もはっきりさせておきました。
それを審議にかけました。

わたしの案は、70歳以上の先生は幹事に当たらないようにし、60歳以下の会員で幹事に当たるというものでした。今までの会合で、何度も、「高齢者が幹事をするのはきつい」という話を聞いていたからです。
そうしたら、会の始まる前でしたが、70歳以上の先生が「相談がなかった」と言われました。なるほど、あちらを立てればこちらが立たず、です。
「すみません。どうか十分に審議してください」と言っておきました。



総会は、御祈念・お届け、そして、幹事のあいさつで始まりました。幹事のあいさつは、もう1人の幹事・西村登輝雄先生にしていただきました。

いざ審議を始めようと思ったら、「審議の前に発言をさせてもらいたい」と言って、発言を求める先生がありました。
「そういうことは、会が始まる前に、こそっと耳打ちをしておいてもらいたいものだ」と思いましたが、仲間内のことでありますから、「どうぞ」と申しました。

そうしたら、「2月の葬儀の時には、幹事が取り仕切ってくれて、万事スムースに事が運んだ。お礼を言いたい」という発言でした。恐縮してしまいました。
続いて別の先生も「自分もそう思っていた」と言って下さいました。
とてもうれしかったです。

しかし、これは幹事としてがんばったからではなく、みなさんの協力があったからです。それこそ、あいよかけよでした。
恐縮するばかりでなく、そのことを申し上げるべきでした。



数年分の幹事が決まったあとは、布教記念祭の講師を決めました。
布教記念祭の講師は、子道会の会員が順番におかげを頂いております。
子道会の順番は、教師番号順という原則がありますので、その原則を大切にして案を作っておりました。

そうしたら、教師番号に年齢をも加味すべきだという意見がありました。現実的には確かにその通りです。
その意見を加えて、向こう10年分ほどの講師が決まりました。

その他、今後の研修の方向性などについて話し合いがなされ、総会を終わることができました。

わたしは、「この総会をもって平成23年度の幹事の御用を終わります。この総会後は24年度幹事が引き継いで下さい」と言って、幹事の御用を渡しました。
24年度は、山崎先生(花輪教会)、菊川先生(網走教会)がして下さることになりました。



総会の後は、会食でした。
亀田教会のご厚意で、御馳走を頂きました。

会食後、駅前のホテル・コンフォートに投宿しました。
いつもお世話になっているホテルです。

教会に泊まることができるのですが、泊まると必然的にみなさんと夜遅くまで話をすることになります。
そうするとヘトヘトになってしまうので、ホテルに泊まることにしています。

このたびは、楽天の割引も利用して、2泊で6,600円でした。
ありがたかったです。
このホテルは、とても気に入っています。

 ウエルカム・コーヒーがあります。
 ウエルカムだけでなく、いつでも飲めます。
 
 朝食がついています。
  生野菜
  みそ汁
  おにぎり
  玉子
  ウィンナ
 好きなだけ食べられます。
 パンも飲み物もあります。
 
 新聞のサービスがあります。
 十分な部数があって、なくなることがあり
 ません。
 
 部屋がきれいです。
 どの部屋も同じ仕様です。
 
 空調がよくききます。
 北海道では大切なことです。
 
 スタッフの対応が丁寧です。
 
 目の前が電車の停留所です。
 
 コンビニが近いです。
 2軒あります。
 サンクスと7-11です。
 好きな方にいきます。
 
 



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1341 平成24年5月15日(火)
13日は函館親教会の天地金乃神大祭、14日は前教会長・矢代幸彦先生の100日祭・納骨墓前祭がお仕えになられましたので、お参りさせていただきました。
その参拝記です。

10日(木)

月例祭にお参りされた方が、「函館に行く切符がとても取りにくくなっている」と教えてくださいました。
12日、13日、日本ハムの試合が函館であって、その試合を見に、たくさんの人が函館に行くのだそうです。

わたしは12日に函館に行くことにしていましたので、ちょっとあわてる気持ちになりました。
いつも楽に切符がとれるので、当日に切符を買うことにしていたからです。

月例祭が終わって、インターネットで切符の購入を試みました。
12日朝7時30分発の切符を申し込みましたら、満席ということで、購入できませんでした。
「だめなら11日にいく。でも、もう一度」と思いまして購入を試みましたら、できました。12日7時30分発の函館行き特急、2号車12Dの席を購入することができました。


12日(土)

祭服を入れた鞄はとても重くなりました。ゴロゴロところがしていくのですが、これで疲れてしまってはいけないと思い、もったいないことでしたが、教会から駅までタクシーに乗りました。

ホームに上がると人でいっぱいでした。修学旅行生と野球を見に行く人たちでした。
2号車は満席でした。
よく切符がとれたことです。
神様のおかげだと思いました。



わたしの場合、体調不調の時、食べてはいけません。車内では新聞を読んで、何も食べずにすごしました。
そのうちに、次第に快調さを感じるようになってきました。
13日の祭典後にお話しする内容を頭の中で繰り返すことができるようになっていました。

函館の駅を降りると、風が強くて寒かったです。着てこようかどうしようかと思ったコートが役に立ちました。

体調が良くなってきたので、電車で教会に行くことにしました。
駅前の停留所で待っていると、ハイカラ号が来ました。観光用の復元チンチン電車です。


それに乗り込みましたら、後から後から修学旅行生が乗ってきました。中学生でした。
車内がワンワンとひっくり返りそうになるくらい、騒がしくなりました。引率の先生が「うるさい」と注意されました。瞬間的に静かになりました。
引率の先生も大変ですが、子供達には函館のいいものを見たり感じたりしてほしいものです。そう思いました。

ハイカラ号には車掌さんが乗っています。おなかの前にカバンを提げて、一人ひとりから料金を徴収されます。イカスカードは使えません。220円を払いました。
教会のある青柳町で降りると、車掌さんが「ありがとうございました」と丁寧に言って下さいました。運転手さんも「ありがとうございます」と丁寧に言って下さいました。
気持ちよかったです。
もちろんわたしも、お礼を言いました。



お昼前に教会に着きました。
江郷先生(釧路教会)、田中先生(帯広教会)、高村先生(亀田教会)がすでに御用しておられました。
高村先生は、このたび亀田教会に後継者として入られた若先生です。
調饌はほとんど終わっていました。

わたしは何もせずにお昼ご飯を頂きました。
幸彦先生がお好きだった蕎麦でした。

午後、先生方が玉串を作っておられる間に、わたしはパソコンで掲示を打ち出すことにしました。
大祭の時にお広前に掲げる細長い案内がうまくできない、と娘さんたちが言われたからです。幸彦先生には3人の娘さんがおられて、3人ともとてもよく御用をされます。

お広前に掲げる掲示はパソコンからうまく打ち出すことができました。
打ち出されたのは、わたしの教会名・名前とお話の講題でしたので、申し訳ない気持ちがしましたが、大祭の御用としてさせていただきました。

そのあと、玉串を先生方と一緒に作りました。
14日の墓前祭(納骨)の玉串も一緒に作りました。




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1340 平成24年5月9日(水)
昨日は、教務センターの会議に出席しました。
出席する前に、UTAがありました。

家内が隣の保育園に大祭のお下がりを持っていきました。
保育園は、この春から園長先生が新しい先生になりました。その園長先生が、保育園の休みの時は、自分が使っている駐車場を使ってください、と言って下さったとのことでした。
ありがたいです。

教務センターに出かかるとき、「今日はあのズボンをはいて、あのトレーナーを着ていこう」と思っていました。肩の凝らない会議なので、きちんとネクタイをしめることはありません。
ところが、着替えようとしたとき、「あのズボン」が見あたりません。「おかしい、ここに掛けておいたのに」という場所にありません。この頃、こんなことが時々あります。
「おかあさん、あのズボンは?」と探していると、家内が「これ、着ていったら?」と出してくれたのが、去年買ったサマースーツでした。
買ったことをすっかり忘れていました。
「お! いいものがあった」と思って、それを着ていきました。ノーネクタイです。

教務センターに行くとき、中島公園と護国神社の間を通ります。桜が満開でした。エゾ山桜は、散りかけていました。
北海道にも春が来ました。



会議は、7月に開催する「教会長・教師集会」の企画です。
この集会が、「神人あいよかけよの生活運動」の、教区としての実質的なスタートになります。

この企画会議のための準備を1ヶ月ほど続けてきておりました。そして、朝6時の御祈念の時、「今日は会議の当日です。所長の内容となる提案をさせて下さい」とお願いしておりましたら、実質的な議論に入る前、「運動」について、それぞれが思っていることを語り合った方がいい、と思わせていただきました。

会議の冒頭、所長挨拶の後、その話し合いをしました。
いい共励会になりました。

この共励が準備体操になって、企画はスムースに進みました。
集会第2日の懇談は、願いの各行を1人ずつが担当し、それをテーマにして5人が発題することになりました。
まだ決定ではありませんが、わたしは、最後の行「神人の道を現そう」を担当することになりそうです。

発題の時間は10分ですが、「氏子あっての神 神あっての氏子 あいよかけよで立ち行く」を、自分のとりくみ、自分の実感の中から話す機会、検討していただく機会を頂きました。
ありがたいです。







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1339 平成24年5月6日(日)
今日は札幌教会の天地金乃神大祭でした。

今日は、参列の御用を頂くことになっておりました。
わたしはこの所、札幌教会の御大祭で参列の御用ができておりませんでした。参拝をさせていただいたり、家内に代わってもらったりしておりました。
札幌教会の外殿は腰の高さほどあり、下がツルツルの床です。たくさんの教外の来賓の方もお参りされます。以前は何でもなかったそんなことが、この所、自分にはハードルになっていたのです。
 動悸
 息切れ
 めまい
 震戦
 不安感
こんな症状が出ます。
しかし、いつまでもそんなことではいけません。
この頃は、ずいぶん体調の上でもおかげを頂いてきていたので、「させて頂こう」という気持ちになっておりました。

朝6時の御祈念の時、「今日の札幌教会の御大祭は、お礼と喜びの心、特に喜びの心で参列させてください」とお願いしました。

喜びとは、

 神様
 金光様
 霊様
 人様
 御物(おんもの)

の喜びのことです。
私は、そのように頂くことにしております。

札幌教会での御用の場合は、

 神様
 教会長先生(金光様のお手代わり)
 札幌教会に祀られている霊様
  初代教会長
  2代教会長
  その他の霊様
 札幌教会の御信者の皆様

に喜んでいただける御用ということになります。
朝、そのことを御祈念しました。

出発前には、家内にお結界に座ってもらい、お届けをしました。御神米を下げていただき、その場で御神米を頂きました。あわせて、御本部から頂いている御神米も頂きました。これで私の体は神様に使っていただける体になった、と思いました。
そのあと、病院から頂いている薬を頂きました。



江種(えぐさ)先生が「一緒に札幌教会に行きましょう」と言って下さって、9時45分頃に教会に来て下さいました。車に乗せてもらって、札幌教会に向かいました。5分ほどです。
すばらしいお天気でした。

札幌教会のお結界でも、御大祭の喜びのごあいさつを申し上げると共に、御用がつとまりますようにとお願いをさせていただきました。

祭典は11時からでした。
わたしは開帳役の御用を頂きました。

やはり、上に書いたような症状が出ました。
「今月今日」と思いました。「今月今日」とは、「今この瞬間、祭員の席を離れて下に降りることはできる。それをするか、喜んで頂くために御用を続けるか、一瞬一瞬の選択の連続だ。金光様、金光様、…」と念じながら、自席に座らせていただいていました。

「神人の栄光」斉唱の時は、「一同起立」の号令がかかります。立っていられるかが心配でした。
そんなことが心配になるとは、情けないことですが、これがわたしの実際です。
「神人の栄光」の時は、立って歌うことができました。

終わると、症状はすっと楽になります。
そんなものです。

長く参列の御用ができなかった札幌教会でしたが、今日はさせていただくことができました。
ありがたいことでした。

もっと楽にさせていただく。
それが、次回の課題です。



祭典後の教話は、函館の田教会、高村志郎先生のお話でした。高村先生は、このたび、亀田教会に後継者として入られた先生です。
心に届くすばらしいお話でした。

お直会の席には15分ほど座って、退席させていただきました。
午後から当教会の役員会だったからです。この日程の組み方は、反省材料です。






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1338 平成24年5月5日(土)
昨日、卒寿と結婚60周年の感謝祭をされた方がありました。
この方には3人のお子さんがあります。子達はもとより、そのご家族も参拝されてにぎやかなお祭りになりました。

卒寿とは90歳です。
この方は90歳にして、パソコンを操作し、教会便りを編集してくださいます。
その編集がきわめて的確です。必ず校正原稿をFAXで送って下さいますが、校正すべき箇所はほとんどありません。校正すべき箇所がほとんどない、というのは驚異的です。

また、編集のスピードが速いです。毎月、21日に近い日曜日に発行しておりますが、木曜日に原稿を出すと(メールで送ります)、土曜日には印刷原稿が完成します。
木曜日夜、金曜日、土曜日夕刻まで。
これだけの時間で、編集して下さいます。
若い人でもできないに違いありません。

土曜日の夜、印刷して、日曜日にはみんなで製本します。

体はよく動きます。
頭の回転は速いです。柔軟です。

奥様がこのところ体調を崩されましたが、実に良く奥様の面倒をみておられます。



この方の毎日々々が奇跡と思います。
おかげそのものです。

そのおかげの元は何か。
「信心は御用なり」との信念。
そして、「何事も神様のお指し向けとして受けきる」ということだと、私は感じております。

すごいです。




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1337 平成24年5月4日(金)
昨日、金光教札幌南教会の平成24年天地金乃神大祭をお仕えさせていただきました。

このたびの大祭は、「一歩でも前に」ということを自分自身のテーマにして取り組んでまいりました。
その内容としては、こんなことを思っておりました。

① パンフレットに「信心メモ」のコーナーを作る
② 本を作る
③ 「神人あいよかけよの生活運動」の実質的ス
  タートをきりたい

パンフレットの「信心メモ」には「お直会」という言葉を取り上げました。当然のごとく知っているはずの言葉を取り上げて、その内容を確認すると共に、新たな課題を発見できれば…、という願いからです。

「お直会」については、これまでの解釈を確認しながら、「神様に『直』接『会』うのがお直会だ」と書かせていただきました。

本は「真のおかげを頂く心の用い方・生活習慣」を出そうと思っておりました。あそこを書き直したいというところがあと1ヶ所というところまで原稿ができておりました。
しかし、もっと早く準備をすべきでした。PCの不調と葬儀とという事態がありましたが、これは当然、心に入れておかねばならないことです。

③は、パンフレットの「ごあいさつ」に「『神人あいよかけよの生活運動』スタート」と題して、一文を書かせていただきました。
そして、祭典後の教話講師には「『神人あいよかけよの生活運動』の『願い』について話をして下さい」とお願いしておりました。



体調は、おかげを頂きました。前日、みなさんと共に準備をしました。午後になって、急に体が動きたくない、と言い始めました。
台所に行って椅子に座りました。「先生、何してるの?」と言う人がありましたので、「さぼってます」と言ったら、「そんなことは、大きな声で言わない」と言われ、みんなで笑いました。
そのあと、少し休憩しました。
当日は、元気でした。

お天気もおかげを頂きました。
1週間前の予報では 晴れのち曇り でした。
それが3日ぐらい前になると、曇りのち雨 になりました。お昼12時頃から傘マークが出るようになってきました。

当日は確かに曇っていました。今にも降りそうでした。しかし、とうとう雨は降りませんでした。

今日(4日)にお参りされた方が教えてくださいました。
「札幌教会の方がお参りしておられました。その方が『南の御大祭はいつも雨が降らない。わたしは傘を持ってきたことがない。今日も持ってこなかった』と言っておられました」
それを聞いて、とてもうれしい気持ちになりました。



今日から、秋の生神金光大神大祭に向かってスタートです。
御大祭のどんな面でもいいです、一つでもいいですから、1ミリでも前に進んだ大祭になりたいです。





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1336 平成24年5月2日(水)
4月29日、8時15分頃に教会を出発して、夕張教会に向かいました。夕張教会の御大祭に参列させていただき、祭典後の教話の御用を頂くことになっております。

暖かいとても良いお天気でした。
絶好のドライブ日和です。
窓を開けて走りました。北海道に春がやってきました。実にうれしいです。

教話でお話しすることは、すでに考えており、用意しておりましたので、安全に気をつけながら、お話の内容を頭の中で繰り返しました。



10時前に夕張教会に着きました。一番乗りです。
ご神前はすでにお祭りの用意が調っておりました。お広前もきれいに掃除が行き届いていて、お祭り前の何ともすがすがしい、そして、緊張感のある空気が満ちていました。
わたしは、お祭り前のこの空気がとても好きです。

ゆっくり御祈念させていただきました。
神様・霊様に御大祭のお喜びを申し上げ、心を込めて御用がさせていただけるように、お願いをさせていただきました。
そして、お結界にお届けをいたしました。


1 祭主     玉置衛先生(親教会)
2 副祭主    教会長
3 先唱役    西村登喜雄先生
4 祭員     福井一雄先生
5 後取・賛者  西村正人先生
6 典礼     西川太


  御神前

 2   1
 4   3
 5   6

わたしの座る6の席からは、初代教会長・2代教会長のお写真がよく見えます。
お写真に時々目をやりながら、無事にお祭りをお仕えさせて下さいと祈りました。
これまでの御大祭では、症状(ぜいぜいはーはー・どきどき・ふらふら・冷汗・ふるえ など)が出ることもありましたが、このたびのお祭りでは、それがほとんどありませんでした。
おかげを頂きました。



「心の中に木を植えよう」と題して、お話をさせていただきました。45分ほどだったと思います。
お礼と喜びの木を心の中に植え、その木を育てましょう、というお話です。

お話の最後で、

・PCが動かなくなったこと
・葬儀の依頼があったこと

に言及し、そのなかでも「お礼と喜びの生活をすすめる」稽古をするのです、しております、と申し上げました。

誰も眠る人がなく、みなさんニコニコと聞いてくださったので、うれしかったです。

お直会の最後の頃、携帯が鳴りました。
13時30分頃だったと思います。
教務総長が亡くなった、という連絡でした。「公式発表があるまでは、絶対に他言しないこと」ときつく言われました。

教務総長の佐藤光俊先生とは学生時代以来の交流でした。
楽しいことをいっぱいしてきました。
厳しく教えられることもたくさんありました。

いろんな思いが去来します。
いろんなこと思いながら、車を運転して札幌に帰りました。
そして、葬儀の用意をしました。

「お礼と喜びの生活をすすめる」とは、時に厳しいことがあります。
明日は、当教会の御大祭です。




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1335 平成24年4月30日(月)
28日のことです。
朝6時の御祈念が終わって、パソコンを起ち上げようとしました。
パソコンが起ち上がるまで2,3分かかります。
その間、資料に少しだけでも目を通そうと思いまして、本を手に取りました。

資料とは、昭和43年の2課題が設定されるについて浮かび上がってきた28項目です。
昭和43年だったかどうか、28だったかどうかも確認しないといけませんが、2課題が浮上する当時の問題意識の枠組みを目に見えるものにすることが、ここからの「神人あいよかけよの生活運動」を進めていく上に必要だと思ったのです。

本をめくって、ふとパソコンに目をやると、パソコンがうまく立ちあがっていないことが分かりました。
「どうしたんや?」という感じです。前の晩は実に気持ちよく動いていたのに…です。

自分が分かる限り、いろいろやってみましたが、いけませんでした。
「どうしよう?」とパニックになり始めました。
3日の大祭までに、パソコンのお世話になってしなければならないことがたくさんあります。
パソコンが動かなければ、大祭ができるかどうか、危ういです。
御用の進め方がそういうシステムになってしまっているからです。



8時半頃、もいわ教会の江種先生に電話しました。江種先生はパソコンに詳しいです。SOSです。
電話を通して、あれこれ指示してくださいました。
でも、いけませんでした。
「だめだと思います。最初から入れ直して下さい」という宣告でした。「夕方、そちらに行きます」と言って下さいました。

10時の御祈念が終わって、電話がかかってきました。
葬儀の依頼でした。

29日は夕張教会御大祭で、参列と教話の御用があります。
3日が当教会の御大祭で、準備を進めないといけません。しなければいけないことが、たくさんあります。
どうしよう? と思いました。

少し昔の、ある高徳の先生のお話です。その先生は、既に亡くなっておられます。
その先生は、関係教会の御大祭の日に自分のお子さんが亡くなりました。その日、お話の御用があったそうです。
「大祭に行かせてもらおう」と心に決められました。出かける前、トイレで用を足しながら涙が流れた、と言われました。
大祭とは、それくらいのものです。

「わたしは、とてもできそうにありません。他の先生にしてもらいたいと思いますが、了解していただけませんか?」とわたしは言いました。
ここの教会の西村道雄先生は、ご高齢になっておられて身体が動かないとき、御信者さんの葬儀を他の関係教会の先生に依頼しておられました。平成7年3月、わたしがこちらに来る直前でした。
わたしはこちらにきて、まだ西も東も分からないとき、その方のおうちに行き、50日祭をお仕えさせていただいた覚えがあります。
そういうことを思い出して、「他の先生に…」と申しました。

一旦は了解して下さったのですが、すぐに電話がかかってきて、「やはり、わたしに」と言われました。
わたしは、腹をくくりました。
「わかりました。それなら、30日、1日でお願いします」と申しました。

そのように申し上げて、その方の家に、すぐにお悔やみに行かせてもらいました。
葬儀屋さんは、北海葬祭さんが来ておられました。北海葬祭さんなら、安心です。金光教のことはよく分かっていてくださいます。それに、顔見知りです。

御祈念させていただき、亡くなった方の息子さんからお話を聞き、北海葬祭さんと打ち合わせをしました。
そして帰りました。



さて、ここからが問題です。
祭詞を書かないといけません。祭詞は、お祭りのいのちです。

ところが、これまでの祭詞の記録はみなパソコンの中です。雛形もパソコンの中です。
そして、祭詞はパソコンからプリントアウトします。

全くの0から祭詞を書くとなると、たくさんの時間がかかります。
それに、いいものをかけるかどうか、分かりません。
パソコンに頼り切るの問題ですが、御用の進め方のシステムがそうなってしまっております。

・葬儀の祭詞(告詞・終祭詞・告別式祭詞・火葬の儀祭詞・葬後霊祭祭詞)
・大祭の祭詞 すでにできており、プリントアウトするばかりになっておりました。
・大祭パンフレット
・その他、大祭用のプリントがいくつか
・大祭お直会本 ほとんど原稿はできておりました。

こういったものが、みなストップしております。
お悔やみから帰ってきた時点では、どうしたらいいかまだ方向性が見えておりませんでした。
かすかな希望は、必要なもののバックアップがとってあることでした。ただ、この数日間のものはとっておりませんでした。



夕方、江種先生が来て下さいました。
使っていたPCがだめだということが確認されました。ノートパソコンを、プリンターにつないで下さいました。それも無線で。

ですから、離れたところからでも、プリンターを動かすことができるのです。
一挙に光明が見えてきました。

夜、葬儀の祭詞を作りました。PCがあり、必要なデータもあると、考えねばならないところを集中して考えることができます。
プリントアウトもできました。無線で動かすのは初めてでしたが、うまく動いてくれました。

寝たのは、12時をだいぶん過ぎておりました。



この原稿は、ノートパソコンで書いております。
インターネットもつながりますので、ブログの管理画面に入ることができました。

ブログを書かないと、信心と生活のリズムが刻めません。
そのことがよく分かりました。
ブログに助けてもらっている自分です。

メールは、まだ復活ができておりません。
この原稿をブログにアップして、それからメールに取り組みます。





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1334 平成24年4月25日(水)
京都府亀岡市で、痛ましい事故が起こりました。

23日朝、18歳の少年が運転する軽自動車が、学校へ登校する子供9人、保護者1人の列に突っ込みました。
この事故で、子ども1人、保護者1人が亡くなりました。保護者のお腹には赤ちゃんがいて、そのあかちゃんも亡くなりました。3人のいのちが失われました。
5人のお子さんがケガをし、その内2人が重体です。

18歳の少年は無免許でした。
2人の同乗者がいました。
一晩中車を乗り回し、事故を起こしたときは居眠りをしていた、と言っているそうです。
車は借りたものだったそうです。



こういう事故が起こると、道路が通学路として適当であったかとか、集団登校が適切かとか、法律では防げないのかとか、いろんな議論が出てきます。
もちろん、それぞれに大切な議論です。
しかし、一番大切なものは心だと思います。

まず第一に言わねばならないことは、無免許運転をしてはいけない、ということです。
免許を取得し、また更新するにあたって繰り返し繰り返し言われることがあります。それは、事故の恐ろしさであり、安全運転の大切さです。
繰り返し繰り返し講習を受けている間に、少しずつではありますが、事故の恐ろしいこと、安全運転の大切なことが分かっていきます。
免許を持っていない人は、この講習を受けておりません。
ですから、心が育っておりません。



もう一つ申し上げたいことがあります。
それは、できる限り生活道路を走らない、ということです。

この道路は、通学路にもなっている生活道路のようです。その道路が幹線道路の抜け道になっていて、たくさんの車が通ると報道されていました。
幹線道路が渋滞すると抜け道を走りたくなります。その気持ちはよく分かります。
しかしわたしは、必要でない限り生活道路を走らない、ということにしております。
いつなんどき、子どもが飛び出し来るか分からないということもありますが、人が歩き自転車が走る道路は、車の方が遠慮すべきだという気持ちです。事故を未然に防ぐということもありますが、車は平穏な生活そのものを壊してしまう面があるからです。



無免許
居眠り
生活道路の走行

全部、心の問題です。
「安全運転、共に助かる運転」という木を心に植えて、その木を育てていかないと、木はすぐに枯れてしまいます。

わたしも、若い頃、免許取り立ての頃、車を運転したくてしたくて、仕方がありませんでした。
「生活道路を走らないようにしよう」などという気持ちはさらさななくて、狭い道をうまく運転する方法のことに気持ちが行っておりました。

免許取り立ての頃、わたしに実践的な運転を教えてくれる人がいました。アルバイト先で一緒にアルバイトしていた青年です。畑くんと言いました。
年下でしたが、車の運転では先輩でした。畑くんは、車が大好きで、当時の学生には珍しく、自分の車(スポーツカー)を持っていました。

当時、日常的に、車がすれ違うのがやっと、という狭い道を走らねばならないことがありました。電柱が建っている所ではすれ違うことができません。
「あ、向こうから車、来た。どうすんねん?」とわたしは聞きました。
「電柱のないところで、止まって待つのです」と、畑くんは教えてくれました。
わたしは、「なるほど」と思って、そうしました。

わたしには、そのようにあたりまえのことを教えてくれる人がいましたが、この少年は、運転するのが楽しくて、がんがん走りたかったのだろうと思います。
若いということは、そういうことです。
わたしだって、この少年の紙一重のところを走ってきたに違いありません。

ですからなおのこと、周りの大人が「安全運転、共に助かる運転」の木を自分の心の中に育て、その苗木を少年・青年の心に植えないといけません。
そして、青年・少年にその木を育てていってもらうよう、大人が取り組まないといけません。

わたしは、畑くんにその苗木を植えてもらうことができました。
青年が教えてくれた実践的な運転で、他にも覚えていることがあります。

あるとき、片側2車線の道路を走っていました。
信号が赤になりました。前を走っていた車が1台いたので、その車の右にビュンと出て、信号で並んで止まりました。
すかさず彼が言いました。「今、サイドミラーを確認しましたか?」
わたしは確認せずに、それが格好いいことだと思って、ビュンと出たのでした。

雨の夜のことです。雨の夜は、前がよく見えません。
対向車のライトがまぶしくて、前がうまく確認できないことがありました。京都の街、百万遍の交差点を走っているときのことでした。
「前が見えん。どないすんねん?」 わたしは、畑くんならなんかいい方法を知っているに違いないと思ったのです。
「事故が起こらないように祈って運転してください」
畑くんには、そんなユーモアもありました。わたしは、スピードを落として、ゆっくり走りました。

免許取り立ての人の車に乗るのは恐ろしいです。
畑くんは、恐ろしいともなんとも言わず、隣に乗って、実践的な大切な運転の仕方を教えてくれました。
それが基礎になって、今日まで「安全運転、共に助かる運転」の木を育ててくることができました。




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1333 平成24年4月18日(水)
「人間力.com」というブログに、「二言(にげん)挨拶」というお話がありました。田内基(たうち・もと=社会福祉法人こころの家族理事長)氏のお話です。
http://chichi-ningenryoku.com/?p=2022

私が駒澤大学野球部監督に就任して
間もない頃のことである。

大勢いる部員の中に、こいつはどこか
人と違う挨拶の仕方をするな、という選手がいた。

後に読売ジャイアンツに入団し、
「絶好調男」の愛称で人気者になった中畑清である。

当時の彼は、率直に言って田舎から
そのまま出てきたような垢抜けない顔をしていたが、
声だけは人一倍でかく、
何よりも人懐っこい性格をしていた。

まるで見知らぬ人と会っても平気で話をするし、
お年寄りにも実に自然に声をかける。

言葉というものには、
これくらい「心」が表れていなければ駄目だと感じたのは、
おそらく中畑と出会ってからのことになるだろう。

            * *

さて、彼のしていた挨拶とは次のようなものだった。
例えば誰かに「こんにちは」と声をかける。

普通ならこれでお終いだが、
中畑は必ずその後に

「きょうはいい天気ですね」

とか

「おばあちゃん、いつも元気ですね」

といった“もう一言”の挨拶を付け加えるのだ。
私はこれを

「二言(にげん)挨拶」

と名付け、普段の挨拶をただの挨拶に
終わらせないよう心がけてきた。

この「二言」は、必ずしも言葉である必要はない。
すれ違った相手のために立ち止まっても二言。
手振りや微笑であってもいい。

上級生のほうから
「おはよう。きょうも元気にいこうぜ」
なんて声をかければなおのことよし。

そこに人間同士の心と心の通い合いが生まれてくるのだ

あいさつは、社会生活の基本だと言われています。
わたしも、あいさつに気をつけていますが、「二言挨拶」とは1本とられた、と感じました。
「DeNA がんばれ」という気持ちになります。



ところで、わたしは、facebook に参加しております。
実名で参加するSNSです。

facebook には「友達リクエスト」という機能があって、この機能を使うと「友達」が増えていきます。「友達」の「友達」が「友達」になっていきます。

最近、何人かの方からリクエストを受けることがありました。
そこで、思ったことがあります。
「友達」の「友達」は、まだ「友達」ではありません。顔も知らない、会ったこともない人がほとんどです。
そういう人から「友達リクエスト」を頂くことあります。

「友達リクエスト」は、ワンクリックでできます。
とても手軽です。

でも、手軽だからこそ、「よろしくお願いします」とかの「あいさつ」が要るのではないでしょうか。
これからは、一層そのことに気をつけたいと思います。




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1332 平成24年4月16日(月)

14日 50日祭・合祀祭
15日 1年祭
     併せて 20年祭・40年祭



50日祭・合祀祭のお祭りをした方は、79歳。女性でした。
英語会話の勉強を楽しみにしておられ、ラジオ講座のテキストも、1年分をすでに注文しておられました。40日祭には、そのテキストが祭壇にお供えされていました。

50日祭の時には、祭詞の一部を英語で奏上させて頂こうと思いました。
最後のお願いの部分を、英語にしました。

英語にすると言っても、わたしの英語力ではおぼつかないものがあります。
自分で、「こうかな?」と思うところまで英作文をして、それを、英語のよくできる人に見ていただきました。
それで、発音は別として、文章的には自信を持つことができました。

英語のよくできる人に見ていただいて、よかったです。
お参りをされた人の中に、学校で英語を教えていたという方がおられました。
お直会の時、それを聞いて、冷や汗をかきました。

でも、祭詞は霊様に奏上するものですから、そこに真心があれば、たどたどしくてもよかったのだ、とあとで思い返しました。

英語を添削をしていただいて、その中に rejoin という言葉がありました。
なるほど、と思いました。
亡くなる、霊になるということは、改めて神様と結ばれるということです。
いい言葉を教えていただきました。

亡くなった方のお孫さん2人(中1男の子 小3女の子)が、お祭りをよく手伝って下さいました。

玉串を人数分作ってくれました。
きちんとできます。

お祭りの時、男の子が、玉串を手渡す際の補助をしてくれました。
霊様がお喜びだったと思います。



15日の1年祭は、千歳で行いました。
11時からでした。

会場は「第一製菓」というところです。
名前からするとお菓子屋さんか?と思いますが、仕出し屋さんです。
ここの料理はおいしいです。

9時20分頃に会場に着きました。
「準備のため9時半頃に行く」と打合せの時に言ってありました。

事務室に「金光教です」と声をかけると、皆さん総出で、車から荷物を運ぶのを手伝って下さいました。

天地書附・霊璽・写真・お供え物。
ほぼ思い描いていた通りに祭壇を調えることができました。
問題が起きないというのはありがたいです。第一製菓さんのご配慮を感じました。

亡くなった方のご主人・息子さんが、よく御用して下さいました。
とても助かりました。

約1時間で準備ができました。
でも、その間に症状が出始めました。
金光様と御祈念し、深呼吸し、薬をのみました。

お祭りの始まる前、第一製菓の女性の職員の方にお願いしました。
「打合せになかったことで、まことに申し訳ないのですが…」と言って、お願いしました。

 玉串の手渡し
 水

この2つです。
快く引き受けて下さいました。

水とは、症状が出始めると口渇があるので、持っていたペットボトルを、わたしが合図したら持ってきて下さい、というものでした。

(余談ですが)この女性職員の方が、わたしから見ると、小池栄子さんに似た美人でした。

お祭りが始まるときは、症状も治まり、体のことを考えずにお祭りができました。
祭典後のお話も、心ゆくまでさせていただくことができました。



4月前半が終わりました。
後半は、5月3日の御大祭に向けての毎日です。

「昨日の朝顔は、今日は咲かない」(森繁久彌さん)
今月今日で、おかげを頂いてまいります。




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1331 平成24年4月15日(日)
12日は、朝7時半の特急で函館に向かう予定でした。
毎月の月参りと同じです。
お昼前に教会に着き、御用させて頂く予定でした。

ところが、函館に行くために、少しだけ準備をしておかねばならないことがありました。
それができませんでした。

予定を変更して、12日午後、出発することにしました。
午前中、準備作業をしました。

12日午後1時17分発の特急に乗りました。
午後の特急は初めてです。明るい春の日ざしの中を列車は走りました。
列車が苫小牧・室蘭と、太平洋側を走るにしたがって、残雪が増えていきました。例年とは逆です。

列車の中で最初に読んだのは新聞です。
北朝鮮が「人工衛星」を発射しようとしています。12日からその予告期間に入りました。

 北朝鮮権力内部の動き
 北朝鮮の軍事技術
 北朝鮮の人々の様子
 日本政府の対応
 自衛隊の対応
 韓国の動き
 国際社会の動き
 人々の反応
 
視野に入れておかないといけないことはたくさんあります。
考えを整理するいい時間です。

しばらく新聞を読んでいたら、飽きました。
飽きてはいけないのでしょうが、北朝鮮関係はやっぱりおもしろくありません。

そのあと、「日本における宗教教団の戦争責任」(発行・編集 大阪宗教者9条ネットワーク)を読みました。ページ数はそんなに多くないブックレットです。
2,3のことを感じました。
そのことを考えているうちに、眠くなって寝てしまいました。



函館では、駅前のホテルにチェックインして、すぐに、亀田教会にお参りしました。
亀田教会は、3月に後継者御一家が着任されました。
お結界で、そのお祝いを申しあげました。
教会長先生、ご家族の皆さんと食事を頂きました。
楽しかったです。おいしかったです。

教会長は、何十年も後継者のことを祈ってこられました。
その祈りが、すばらしいおかげになりました。
そのことを改めて感じました。

その晩は、ホテルで寝ました。



13日、9時前に函館教会にお参りしました。

11日の会合の日、奥様が教主金光様から教師の補命を頂かれたと聞きましたので、そのお祝いを申しあげました。
そして、

 亀田教会での食事のこと
 午前中にする御用のこと
 月例祭後の教話のこと など

お届けさせて頂きました。

ありのままを聞いてくださるお結界があるということ。
そのお結界にお座り下さっている先生がおられるということ。
そして、祈ってくださるということ。

お取次はありがたいです。
利恵先生の御結界に、そのことを感じました。



御用は、亡くなった教会長先生が使っておられたパソコンで、進めました。
とてもいいパソコンです。
スピードも速いです。

でも、パソコンの仕様が先生に合わせてあります。
当然です。
わたしも、このパソコンをそのようにして使っていますから。

そのことが分かっていたので、出かける前に多少の準備が必要だったのです。

失敗を繰り返しながらですが、お昼頃には、予定していた御用ができました。



午後2時から月例祭でした。
祭典前、下げて頂いた御神米を頂きました。

 ぜいぜいはーはー
 冷や汗
 手先のしびれ
 不安感

お祭りを頂いている間、この症状が出ていました。
祭典後の教話の前、よく御祈念させて頂きました。

いつもなら、多少調子がよくなくても、話をしている内によくなってきます。
でも、このたびはいけませんでした。
当教会でお話をしたときの 2/3ほどの時間で終わってしまいました。
申し訳ないことでした。




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1330 平成24年4月14日(土)

 7日 40日祭
 8日 役員会
    奥城参拝
    千歳へ 1年祭打合せ
 9日 奥城参拝(遙拝)
    準備 いろいろ
    夜  居酒屋
10日 月例祭
11日 教務センターでの会議
      9時半から3時半

12日 函館・亀田教会参拝、会食
13日 函館親教会で御用
    月例祭参拝、教話奉仕
14日 50日祭・合祀祭

こんな風に御用をさせて頂いてきました。
なんということはない、あたりまえのスケジュールだと思います。

この頃はとても体調がよくて、一日が終わる頃、家内が毎日、カレンダーに◯印をつけてくれていました。
「おとうさん、今日もぜいぜいはーはーが出てないね」
そういう日が続きました。20日間ぐらいは続いたと思います。

わたしは体のことを考えることなく、やるべきこと・やりたいことをできる自分を喜んでいました。

10日の月例祭は、石川啄木の話をしました。
4月13日が石川啄木の100年になります。その4月13日に、親教会の月例祭で話をすることになっていたので、その練習もかねて、話をしました。

石川啄木は明治19年生まれです。
明治40年5月から8月にかけて、函館教会の近くに住んでいました。まだ世に出る前、窮迫時代でした。

 函館の青柳町こそかなしけれ 
 友の恋歌 
 矢ぐるまの花

啄木住居跡という看板に、この歌が書いてあります。函館教会のすぐ近くです。函館教会は、青柳町にあります。

高橋正雄先生など教団第2世代と言われる先生方も明治20年前後の生まれです。そして、函館教会二代教会長矢代代次先生も同じ世代です。
石川啄木の短歌、そして、第2世代の先生方の問題意識の根底にあるもの。
この2つに重なるもの感じております。

それを話したかったのです。
10日の月例祭の時は、楽しんで話ができました。



11日の会議は、とても大切な会議でした。
わたしは、その会議に向かって2ヶ月ほど準備を進めていました。 
 資料を集め
 構想を練り
 プリントをつくる
このことを繰り返してきました。

11日の会議では、そのプリントをもとに考え方を聞いていただきました。
他の人の発言時間が短くなるといけないと考えましたので、多少急ぎ足の発表になりました。
発言途中から、息が切れ始めました。
「あれ? 今までの自分が戻ってきている」と感じました。

わたしの発表が終わったのが10時半頃。
それから会議の時間中、だんだん調子が下がっていきました。
ずっと、「ハオハオ」と思っておりました。

教会に帰って、横になりました。
とても残念でした。




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1329 平成24年4月11日(水)
北仙台の駅前に、ご夫婦2人でやっておられる塾があります。学力も伸びます。心も成長します。そんな塾です。北剏舎(ほくそうしゃ)と言います。
塾生募集のチラシに、こんな風に書いておられます。

私は思う。必要なのは反復練習の成果を競う定期試験の点数ではなく、これからの世の中を見据え、周りの人を、環境を、そして地球規模の行く末を考えられる子を育てることではないか、その一助になりえないか、そういう気持ちで塾を開いている。

去年7月、北剏舎に行きました。子供たちとも話をさせてもらいました。
暖かい空気が満ちている塾でした。

子育て中のおとうさん・おかあさんは、もし可能なら仙台に引っ越してでも、お子さんをこの塾に入れるといいと思います。

このご夫婦が、北海道旅行に来られ、途中、教会に寄って下さいました。
9日の晩、教会近くの居酒屋「さわや」で、楽しい一時を過ごしました。



ここは、教会から歩いて1分です。

17年前、わたしが札幌南教会に来たとき、この場所にはラーメン屋さんがありました。ラーメン屋さんは、中華料理屋さんに代わり、そして、花屋さんに代わり、さわやさんになりました。

わたしは、ぜひ続いてほしいと思って、さわやさんオープン当初、「ぜひ、長く続けてください」と言いました。

余計なおせっかいでした。
とても繁盛しています。
この店で出す料理は、どれもこれもおいしいです。値段はリーズナブルです。
繁盛するはずです。
9日の晩も、店は満杯でした。

料理がおいしいです。
何日か前にお店に行って、注文しました。
わたしのわがままな注文にも快く応えてくださいました。


料理がおいしいとお酒もおいしいです。
食事とお酒を共にする人が、わたしの尊敬するご夫婦です。
心おきなく話ができます。

「こんな幸せな時を過ごすことができるのか」と思うほど、幸せな時を過ごしました。



次の日の夕方、精算に行きました。
マスターのお子さんでしょうか、男のが2人、テーブルで本やノートを広げていました。
勉強をしていたのかも知れません。

「こんにちは」とお店に入っていったら、その男たちが2人とも、大きな声で「こんにちは」と言ってくれました。

それだけで、このお店がどんなにいいお店かということが分かります。



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1328 平成24年4月8日(日)
こんな話があります。

ある町に一人の旅人がやってきました。
町の入り口の門のところに一人の老人が座っていました。
旅人は聞きます。
「おじいさん、この町はどんな町?」

逆におじいさんは旅人に聞き返しました。
『あなたが今までいた町はどんな町でしたか?』

旅人は答えました。
「いやあ、前にいた町は嫌な人ばかりでろくな町じゃなかったよ」
『そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です』

また別の旅人が町に来ておじいさんに聞きました。
「おじいさん、この町はいったいどんな町ですか?」

おじいさんはまた聞き返しました。
『あなたが以前いた町はどんな町でしたか?』
「私が今までいた町は、すばらしい町で、
人々は親切で、あんなによい町はありませんでした。」
『そうですか、この町もあなたが前にいた町と同じ町です』
と答えました。

この話は、あちこちで見かけます。
いい話だと思います。

人の成長を促すものとして、

 DNA
 環境
 祈り
 自分自身

この4つがあると考えています。
この話は、この内の「環境」ということについて、考えさせてくれます。



わたしは17年前、札幌に来ました。
それまでは、御霊地(岡山県浅口市金光町)におりました。

自然環境という面から見ても、まるっきり環境は変わりました。
わたしが来た年の冬、始めて北海道で迎える冬は、豪雪でした。50年ぶりとか、観測史上初と言われていました。
「こんなに雪が降るのか」と思いました。

雪かきをしていると、隣の保育園の園長先生が「よく降るねぇ」とか「大変だねぇ」とか、声をかけて下さいました。

北海道で冬、雪が降るのは当たり前です。
それを、「大変だ、なぜこんなに降るのか」と考えるのと、「大変だけれど、雪があるから北海道なんだ。雪を楽しもう。大変さを楽しもう」と考えるのとでは、(大げさな表現かも知れませんが)生き方が変わってきます。

教祖様はこのことを、とても簡単な言葉で教えて下さいました。
それは、おかげは和賀心にあり です。




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1327 平成24年4月7日(土)
昨日6日、広島東洋カープの前田健太投手が横浜DeNAを相手に、ノーヒットノーランを達成しました。
プロ野球史上74人目の快挙である、と報じられています。

ところで、「いまさらながら」なのですが、「ノーヒットノーラン」とはどういうことでしょうか?
わたしは今まで、相手チームにヒットを許さず0点で抑えること、と漠然と思っていました。

「漠然と」と言うのは、「ノーラン」の「ラン」がよく分かっていなかったのです。
「ランナーじゃないしなぁ。ランナーだったらフォアボールでランナーが出ることもあるし…」と、自分の中ではっきりしませんでした。

こんなときのために、インターネットがあります。
まず、ウィキペディアを開きました。
「ラン」とは得点のことである、とありました。
そして、「ラン」は、ランナー、ホームランの「ラン」と勘違いされやすい、ともありました。

英和辞典を調べてみると、run は、野球用語で得点のこととありました。



これで、すっきりしました。
霧がはれました。
こんなことでも、すっきりするとうれしいです。

前田選手、おめでとう。








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1326 平成24年4月4日(水)
家内が御本部に参拝し、そのあと東京によって子ども・孫の顔を見てくるので、3日から6日まで4日間留守です。
その間、わたし一人でトヨ子先生のお世話が十分にできないので、娘さん夫婦のところに引き取っていただいております。

というわけで、この4日間、一人暮らしです。
「気ままな一人暮らしをするから ♪♪♪」と言って、家内を送り出しました。
一人暮らしをしている、と言うほどの時間は経っておりませんが、改めて気付くことがあります。

体力・健康に自信がないと一人は不安です。
これまでに2回、救急車に乗っております。その内の1回は自分では救急車を呼べない状態でした。
そうならないように祈り、そういう暮らしをしてきておりますが、救急車のお世話にならないといけないかも知れないという不安は、いつも抱えております。

その一人暮らしも、2日目ともなると慣れてきました。
慣れてくると、周りが見えます。
うちの教会には一人暮らしの高齢者が何人もおられます。「そうか、こんな不安と隣り合わせで生きておあられるのか」と思いました。
元気なときにはなかなか気付かなかったことです。

気をつけていることがあります。
食事をしたら、すぐに食器を洗うということです。
食器がそのままになっていると、次の食事の支度をするのが億劫になります。
今までの経験でよく分かっているので、そうしております。

教会に1人でいるということは、外に出られないということです。
今日は、手紙をポストに投函に生きました。その間、留守番電話に設定しました。

わずか数分のことでしたが、留守電が入っていました。
家内からでしたが、留守にすると電話があります。





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1325 平成24年4月3日(火)
昨日、札幌がん検診センターに行って、健康診断を受けてきました。
前立腺検査のための採血と肝臓・胆嚢・腎臓のエコー検査です。
どこかが心配だから、というのではありません。家内に「歳なんですから、どうしても検診に行ってください」と言われて、重い腰をあげました。

出かける時、「待ち時間が長いですから、何か読むものを持っていった方がいいですよ。今日の新聞、持っていきますか。わたしはあとで読みますから」と、新聞を目の前にして家内が言ってくれました。
その目の前の新聞を、わたしも家内もその日の新聞と思い込んでいました。
わたしは「ありがとう」と言って、新聞をもって、出かけました。

検診センターで番号札をもらい、受付の順番を待ち始めたとき、新聞を開きました。
すぐに あれ? と思いました。
前日の新聞でした。

「お、きたきた」と思いました。
「ハオハオ」と心の中で言いました。「ちょっとした勘違い。よくあることだ」ということです。

その「ハオハオ」で心が落ち着いて、「昨日は勧学祭でゆっくり新聞が読めなかった。その分を今読もう」と心が切り替わりました。
ゆっくり読むことができました。



検診は、思ったほど待たされるということがなく、意外に早く終わりました。
10時に帰りました。

10時の御祈念を頂きました。
そのあと、トヨ子先生に松家医院に行っていただくことにしました。
毎日のんでおられる薬がなくなってきたからです。
家内は3日(今日)から御本部に参拝します。「今日、行っておいた方がいい」と家内が言いました。

11時過ぎに車で教会を出ました。
松家医院に行くと、「本日休診」でした。
「ハオハオ」です。



ハオハオは、ニーハオのハオです。
漢字で書くと「好好」です。

ハオハオは、祈りの言葉です。
ハオハオと唱えると、次のように祈ることになりますから、ハオハオに込められた祈りは、わたしを立ち止まらせてくれます。

こんなこともある。このできごとを神様のお差し向けとして心を鎮めて受け止めさせてください。

こんな人もいる。この人を神様のお差し向けとして心を鎮めて受け止めさせてください。

新聞も病院のこともまことに些細な、小さなことです。
しかし、そんなことでもわたしは、「なんで昨日の新聞をわたすんや」とか「なんで休診かどうか、電話で調べておかないのだ」と思ってしまう質(たち)です。



今もハオハオがありました。

昨日、家内が銀行に行ったとき、新しいサービス(通帳、クレジットカード、キャッシュカード、ICカードを組み合わせて、ポイントがたまるというもの)について説明を受けてきました。
家内の話を聞いたり、パンフレットを見たりしていると、「これは前向きに検討してみよう」という気持ちになりました。

家内にいろいろと疑問点を尋ねてみましたが要領を得ませんので、改めてわたしが直接聞こうと思いました。
しかし、家内と2人で銀行に出かけるわけにいきません。教会をあけることができないからです。
それで、今朝、銀行に電話して、家内に説明してくれた人に「申し訳ありませんが、こちらに出向いて説明してもらえませんか」
とお願いしました。

そうしたら「上司と相談させて下さい」ということでした。
折り返し電話がありました。
「上司と相談したら、わたしは内勤なので、出向いて説明することはできないということでした」という返事でした。

わたしは心の中で「ハオハオ」と言いました。
そして、「分かりました。改めてこちらからお伺いします」と言いました。

「ハオハオ」という言葉があってよかったです。
この言葉がなかったら、わたしはきっと言っていたと思います。

「わたしは、あなたの所と15年以上、取引をしています。大した額の取引ではありませんが、15年以上のおつきあいです。2人で一緒に出向くことができないという理由は、先ほど申し上げました。あなたの提案を受け入れる方向で検討しようと思って、説明をお願いしたのですが、残念です。それなら、検討することをやめます」

短気は損気です。
負けて勝て です。
負け手を出せ です。




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広き真の大道を
    開き見よ

わが身は
神徳の中に
生かされてあり

平成25年2月10日まで



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