金光教札幌南教会 取次者のブログ
信心は これ!
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平成20年12月29日(月) 曇り
今朝は4時過ぎに目がさめました。NHKのラジオ深夜便「こころの時代」を聞くと、能城律子(のしろ・りつこ)さんが話をしていました。
わたしの知らない人でしたが、話を聞いてびっくりしました。
能城律子さんの Official Website から、能城さんの横顔を紹介します。
1935年 東京生まれ。73歳。貿易会社の仕事をきっかけに120カ国以上旅する。
1970年 35歳の時に子宮がんの手術を受ける。
1972年 世界に先駆け、ホテル内の託児所「タイニー・タッツ」をホテル・ニューオータニに開設。
1978年 43歳の時に、乳がんで再び手術。テニス、スキーほかスポーツ好きの生活を断念。その後、唯一残された車好きが高じてラリー参加を決意、トレーニングを積む。
1993年 58歳で国際A級ライセンスを取得。
1995年 60歳。オーストラリアン・サファリに出場。完走し、女性部門1位、総合9位に。
パリ・ダカールラリーに参戦。完走を遂げ、59位に。
1996年 マスターラリー(パリ~サマルカンド~モスクワ)に参戦。1万キロにもの過酷なコースを完走。
1998年 エジプトラリーに出場。T-1部門3位、総合7位に。「エイボン・スポーツ賞」を受賞
1999年 パリ・ダカールラリー参戦。モーリタニアで武装集団に遭遇、他の選手とともに所持品を強奪される。
2000年 マスターラリーでコースを逆送してきた車と正面衝突。肋骨2本骨折、顔面打撲等の重傷を負って緊急入院
2001年 重症から回復直後、パリ・ダカールラリーに参戦。
2004年1月 イラクへボランティア物資を現地に入り届ける
2005年 再びイラクへ 冷蔵庫、シューズ等を現地へ届ける
2006年3月 北海道 増毛町の子供達と交流 桜の木300本植樹
幼いころから「病気デパート」。小学4年生で肺門リンパ腺をわずらって以来、胃潰瘍、30代で子宮がん、40代で乳がんのため両乳房を失う。2回の肝臓結石、喘息、肺炎、両肩関節障害、股関節脱臼、胸郭出口症候群(心臓からの太い血管がつぶれて両手まで血液が届かなくなる病気)などと闘う。障害者でありながら、健康な男性でも音をあげる過酷なラリーに参戦。「痛みも生きているってことの証」と、今は病魔たちとも仲良く付き合っている。
○
半分寝ぼけた頭で聞いていたことですが、両手の指10本はいつもしびれているそうです。
このプロフィールの中にある「胸郭出口症候群(心臓からの太い血管がつぶれて両手まで血液が届かなくなる病気)」のせいでしょうか。
ラリーでは先に走った車の轍の跡を走るのだそうですが、真っ暗でそれが見えないことがあるそうです。
そういう時は、臭覚で走る、と言っておられました。
臭覚で走るとはどういうことでしょうか?
よく分かりませんが、しきりに強調しておられた本能で走るということと関係しているに違いありません。
もう一つ印象に残った言葉は、自分が車をコントロールするのではなく、自分が車のビスの一つになる、ということでした。
○
「明るく楽しく」ともおっしゃっていました。
たまたまラジオを聞いて、こんなすごい人、こんなに輝いている人もいるんだということを知りました。
「臭覚」「本能」ということは、天地の中で研ぎ澄まされた感覚だろうと思います。
このようにPCに向かってキーボードをたたいていることが申し訳ない感じになります。

ランキングに参加しております。
今15位です。
クリックして下さると順位が上がります。
今朝は4時過ぎに目がさめました。NHKのラジオ深夜便「こころの時代」を聞くと、能城律子(のしろ・りつこ)さんが話をしていました。
わたしの知らない人でしたが、話を聞いてびっくりしました。
能城律子さんの Official Website から、能城さんの横顔を紹介します。
1935年 東京生まれ。73歳。貿易会社の仕事をきっかけに120カ国以上旅する。
1970年 35歳の時に子宮がんの手術を受ける。
1972年 世界に先駆け、ホテル内の託児所「タイニー・タッツ」をホテル・ニューオータニに開設。
1978年 43歳の時に、乳がんで再び手術。テニス、スキーほかスポーツ好きの生活を断念。その後、唯一残された車好きが高じてラリー参加を決意、トレーニングを積む。
1993年 58歳で国際A級ライセンスを取得。
1995年 60歳。オーストラリアン・サファリに出場。完走し、女性部門1位、総合9位に。
パリ・ダカールラリーに参戦。完走を遂げ、59位に。
1996年 マスターラリー(パリ~サマルカンド~モスクワ)に参戦。1万キロにもの過酷なコースを完走。
1998年 エジプトラリーに出場。T-1部門3位、総合7位に。「エイボン・スポーツ賞」を受賞
1999年 パリ・ダカールラリー参戦。モーリタニアで武装集団に遭遇、他の選手とともに所持品を強奪される。
2000年 マスターラリーでコースを逆送してきた車と正面衝突。肋骨2本骨折、顔面打撲等の重傷を負って緊急入院
2001年 重症から回復直後、パリ・ダカールラリーに参戦。
2004年1月 イラクへボランティア物資を現地に入り届ける
2005年 再びイラクへ 冷蔵庫、シューズ等を現地へ届ける
2006年3月 北海道 増毛町の子供達と交流 桜の木300本植樹
幼いころから「病気デパート」。小学4年生で肺門リンパ腺をわずらって以来、胃潰瘍、30代で子宮がん、40代で乳がんのため両乳房を失う。2回の肝臓結石、喘息、肺炎、両肩関節障害、股関節脱臼、胸郭出口症候群(心臓からの太い血管がつぶれて両手まで血液が届かなくなる病気)などと闘う。障害者でありながら、健康な男性でも音をあげる過酷なラリーに参戦。「痛みも生きているってことの証」と、今は病魔たちとも仲良く付き合っている。
○
半分寝ぼけた頭で聞いていたことですが、両手の指10本はいつもしびれているそうです。
このプロフィールの中にある「胸郭出口症候群(心臓からの太い血管がつぶれて両手まで血液が届かなくなる病気)」のせいでしょうか。
ラリーでは先に走った車の轍の跡を走るのだそうですが、真っ暗でそれが見えないことがあるそうです。
そういう時は、臭覚で走る、と言っておられました。
臭覚で走るとはどういうことでしょうか?
よく分かりませんが、しきりに強調しておられた本能で走るということと関係しているに違いありません。
もう一つ印象に残った言葉は、自分が車をコントロールするのではなく、自分が車のビスの一つになる、ということでした。
○
「明るく楽しく」ともおっしゃっていました。
たまたまラジオを聞いて、こんなすごい人、こんなに輝いている人もいるんだということを知りました。
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